「脱走常習の甘ちゃん」から「優勝させたい力士」の筆頭へ…「高安」35歳を突き動かす恩義・感謝・大声援【令和の名力士たち】

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 若手力士の躍進や外国人観光客の増加などにより、ますます高まる大相撲人気。いつの世も人を魅了するのは、力士たちの技と個性だ。令和7年5月場所を前に、ノンフィクションライターの武田葉月氏が、注目すべき令和の名力士たちを紹介する。

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「高安コール」で館内のムードが一変

 令和7年春場所は、千秋楽を迎えるにあたって、5人の力士に優勝の可能性が残された。3敗の大関・大の里、平幕・高安、4敗の平幕・美ノ海、安青錦、時疾風のうち、3敗の2人が敗れ、4敗力士がすべて勝てば、5人での優勝決定戦となる。

 3敗の高安は、過去に優勝決定戦など、大切な場面で苦杯を舐めている小結・阿炎戦が組まれた。立ち合い、左に変化した阿炎に対応した高安は、左の上手をつかんで、上手出し投げで撃破。

 高安が3敗を守った時点で5人による優勝決定戦の可能性は消滅し、結びの一番で大の里が大関・琴櫻を破ったことで、大の里と高安の間で決定戦がおこなわれることとなった。

 結びの一番から約10分後、両者が花道から土俵へ向かって歩いてくると、会場のエディオンアリーナ大阪は、「高安コール」が飛び交い、館内のムードが一変した。

悔いはないと言ったら、ウソになる

 これまで、優勝決定戦で敗れること2回。千秋楽まで優勝の可能性を残した場所は(決定戦出場を含めて)8回と、幾度も優勝を逃している高安。35歳。大関から陥落してもなお、愚直に相撲と向き合っている姿に、「一度でいいから賜杯を抱かせてあげたい」。「優勝する姿を見てみたい」。

 会場に足を運んだファンのそうした願いからの大声援だった。そして、それは全国の大相撲ファンの願いだったかもしれない。

 大の里戦は、春場所の本割(10日目)を含めて、2戦2勝とリードしている高安。

 立ち合い、頭から当たっていって、左のまわしを差して投げに行った高安だったが、大の里が腰を寄せて、送り出しで勝利。

「悔いはないと言ったら、ウソになります。でも、今持っている力を出し切りました」

 こう率直に心の内を語った高安。

「悲願の初優勝」は、またしても叶うことがなかった。

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