友人の彼女を奪ったり「妻と寝て」と頼まれたり… 歪んだ恋愛の原点は少年時代に「母」を盗み見た昼下がり

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祖父の通夜での母の振る舞い

 彼はランドセルを置くこともなく、そのままもう一度家を出た。その後の記憶はほとんどない。どこで時間を潰したのか、再度、家に帰ったとき母はどういう態度だったのか。まったく覚えていないという。

「そのことを思い出したのは僕が大学生のとき、祖父の通夜でのことでした。今と違って家で通夜と葬儀をおこなったんですが、母は一晩中、祖父に付き添っていた。父と妹は別の部屋で寝てしまっていました。僕は祖父に付き添う母をぼんやり見ていた。そのうち眠くなったので、ごろりと寝転がったんですが、ふと目が覚めると母は棺を覗き込んでいた。祖父の顔を撫でているようなそぶりでした。そのとき思い出したんです。あの日のことを」

母への問いに、答えは…

 もちろん母に聞くことはできなかった。だが、その件はずっと秀太さんの心の中に残っていた。その後、母にさりげなく、「おかあさんは結婚後、他の人を好きになったことはないの?」と聞いてみた。母はしばらく秀太さんの顔を見ていたが、目を伏せて答えなかった。

「息子にバレたと思ったんでしょうか、あるいは母親として答えるべきではないと考えたのか。それはわかりません。それ以上、問いかけることはできなかった」

 あの日のことは思い出すたびに記憶を上塗りしてきたような気もすると彼は言う。実際にあったことだったのかどうかは、結局わからないままだ。その「記憶のようなもの」は、年月がたつにつれて形を変えた。

「母が歓喜に満ちた表情をしていることもあるし、祖父の体の動きだけがクローズアップされることもある。獣っぽい雰囲気のときもあれば、たとえようもなく淫靡で甘美なこともある。僕自身があの記憶だか幻影だかに支配されてきたような気もしています」

 トラウマとはまた少し異なった、扱いようのない記憶を心の中に持っているとき、人はそれとどう対峙していけばいいのだろう。そういった曖昧模糊とした記憶は、ことあるごとに顔を出し、その後のその人の生や性に何らかの影響を与えるものなのだろうか。

「非常識な恋愛」

 そんな「わだかまり」や「ひっかかり」のようなものを抱えたまま、秀太さんは大人になった。

「ああいう記憶を言い訳にするわけではないけど、一般的に正しいと言われる恋愛に甘美なものを嗅ぎ取れなくなったんでしょうね。僕の恋愛はいつでも非常識だったと思う。学生時代には友人の彼女を誘惑してつきあうようになったり、家庭教師先の奥さんと寝てしまったり……」

 蛇の道は蛇という。そんな彼に同じ匂いを感じ取ったのか、とあるバーでアルバイトをしているとき、マスターに「うちの妻と寝てほしい」と頼まれたことがある。マスターには、いわゆる「寝取られ願望」があったのだ。その後はそういう要望が増えた。カップルとともに複数でのプレイを頼まれたこともある。

「それでお金をもらってはいませんが、当時は食事には困らなかったですね。だいたい誰かがご馳走してくれたから。そんな生活をしていると、ちゃんと就職するなんてことはできなくなっていった」

 ***

 そんな秀太さんも結婚し、家庭を持つことに。だが、幼少時に強烈な体験をした影響ゆえか、一筋縄でいくはずもなく……。【記事後編】でその模様を詳しく伝えている。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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