8歳児が恐怖で白髪に…【現地取材】3年2カ月の「ウクライナ戦争」が住民に残した“深すぎる傷跡”

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 ウクライナでは連日のように市民がロシア軍の攻撃の犠牲になっている。2022年2月に始まった「プーチンの戦争」から、すでに3年2カ月が経過した。1945年8月に終戦を迎えた日本の太平洋戦争の期間、3年9カ月に近づいている。日本への本格的な本土空襲は終戦のおよそ10カ月前に始まったが、ウクライナでは連日、都市への空爆が繰り返され、街には空襲警報が鳴り響く。3月にウクライナを訪れた際、私が目にしたのは、市民の戦争への疲労感、そして、最悪の事態から抜け出せないことへの絶望感と虚無感だった。市民は重度のPTSDに苦しみ、子供の失語症や、ストレスから白髪になる8歳児のケースまで報告されている。
【佐々木正明/ジャーナリスト、大和大学社会学部教授】
【前後編の前編】

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深夜に空襲警報

 2月27日から3月10日までウクライナを訪問した。隣国ポーランドの首都ワルシャワへ空路で入り、そこから長距離バスでキーウへと向かった。移動時間だけでも26時間。トランジット時間を含めると、到着までおよそ2日を要した。

 2年ぶりに訪れたキーウで出迎えたのは、1日に数回発令される空襲警報だった。ロシア軍は大規模侵攻開始から3年を迎えて、ミサイル攻撃やドローン攻撃によって都市への空爆を強化している。ウクライナ軍はその都度、空中で迎撃を試みているが、全てを撃ち落とせるわけではなく、集合住宅や教会施設、学校や病院などに着弾し、多くの民間人が犠牲になっている。

 私が滞在していた期間、キーウでは主に深夜に空襲警報が発令された。ミサイルやドローンの襲来がウクライナ国防省のレーダーなどで探知されると、およそ3分間の空襲サイレンが鳴り響く。人々が寝静まった午前1時から5時の間にも、夜空を切り裂くような大音量で響き渡る。

 これでは安眠などできない。迎撃態勢が強固な、ゼレンスキー大統領が執務する大統領府近くのホテルに滞在していたのだが、このホテルでは空襲警報が鳴ると、地下4階に設置された避難用シェルターに「逃げろ!」という館内放送が流れた。

夜空に伸びる閃光

 訪問前、キーウ在住の友人から深夜の避難方法について聞いていたため、長時間に及ぶシェルター避難を予測し、枕元には常にウェットティッシュや使い捨てカイロ、スマホ用充電器や貴重品などを入れたポーチを用意していた。

 ホテル内は暖房が効いていたが、ロシア軍は発電所を標的に電力網を麻痺させる攻撃を行っていたため、常に防寒用の下着を着用し、厚手のセーターやコートもベッドのそばに置いていた。いかなる事態になってもすぐに避難できるようにするためだ。

 サイレンが鳴り響き、高台にあるホテルの窓から夜空を見上げると、動き回るサーチライトの光が見えた。イラン製の無人攻撃機「シャヘド」を改良したドローンは低空で侵入し、ウクライナのレーダー網を突破して奥深くまで到達する。夜空に伸びる閃光は、ドローンを撃墜しようと守備兵が照射するものだ。近くまで来ている可能性を知り、私は身がすくむ思いだった。

 幸い、滞在中はキーウに着弾したことはなかったのだが、空中で迎撃しても窓ガラスに振動が伝わる。破片が周囲に落ちてくる。建物自身が地震のように揺れることもある。ある主婦がこう言った。

「だんだんミサイルやドローンの音が近づいてくる。これほど怖いものはない」

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