香川照之が罪なき人の命を奪いまくる… 久々の主演作「災」は“救いゼロ”なのに見逃せない

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 2019年・千葉。漁港の食堂を切り盛りする女性(安達祐実)。夫は不在、どうやら失踪した模様。見知らぬ顔の雇われ漁師(香川照之)が食堂に来て、じっと女性を見つめる。その後、海に浮かぶ女性の遺体。なんとも不穏な事件で幕を開けたのがWOWOWの「災(さい)」。久々の香川主演作だ。毎話異なる役(ホームページでは・あの男・扱い)で登場し、人々に災いをもたらすという。ほら、いろいろあってさ、紆余曲折を経て、深く濃くシワが刻まれた香川の顔が「災」の文字そのものにも見えてくる。現実の連続殺人鬼なのか、それとも人ではない、死神のような存在なのか。香川が来たりて死をもたらす、というオムニバスにぞわぞわする。

 犠牲者は罪なき人。不運や不幸な状況であっても、懸命に前向きに生きている人ばかり。香川が演じる男と出会った後で、無惨な死を遂げる。残酷な死の瞬間は映さない。やるせない日常を送る犠牲者に、ほんの少し明るい兆しを見せておきながら、運命のいたずらと思わせるような死を与える。他に類を見ない後味の悪さ。何の変哲もないように見える日常の映像に、不穏な音を合わせて、得体の知れない恐怖を観る者に突き付けてくる。うす気味悪いのに、なぜか引かれる。

 第1話では、冒頭の千葉の事件から舞台を移し、2021年・神奈川へ。両親(安藤聖・池田良)が不仲で離婚し、経済的に追い詰められている女子高生・祐里(中島セナ)の物語。建築士になりたい夢があるものの、両親は進学の相談に乗ろうとせず、予備校の費用すら出し渋る始末。予備校の講師(香川)が親身に補習してくれたり、進学の相談にも乗って背中を押してくれたのだが、その直後、祐里は謎の転落死を遂げる。

 警察が自殺の線で固めようとする中、堂本刑事(中村アン)だけは疑問を抱く。「お願い、調べて!」と思うのだが、第2話で舞台は2022年の福岡へ移る。

 運送会社で働く倉本(松田龍平)。社内では頼りにされているが、実は8年前に飲酒運転による死亡事故を起こしている。出所後、ドライバーではなく内勤で再就職したのだが、事故をきっかけに妻(佐藤みゆき)からは距離をおかれている。義母(神野三鈴)と会って話はするものの、妻からは完全に避けられている状態。事故を起こした罪悪感と断酒の苦しみ、そして孤独。親し気に話しかけてきたのは同僚のドライバー(香川)。妻の写真が見たいとせがまれて、スマホを見せる倉本。

 その後、倉本はドライバー復帰が決まる。一歩ずつ前へ、と思っていた矢先に、妻が河川敷で遺体となって発見される。自暴自棄になって、酒に手を出してしまう倉本。酩酊状態で、トラックにひかれて絶命する。

 まったく救いがない。すべてがあの男の所業と断言できないところがやりきれない。写真に撮られるのを避けるあの男は、別の地で名を変え、罪なき人の命を奪い続けるのか。事件モノとも、人智を超える怪奇モノともとれる絶妙な展開に感心する。悪意と偶然のコラボ、最後まで凝視したい。

吉田 潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2025年5月1・8日号掲載

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