「コメの関税をゼロにせよ」 レンコン農家が伝授する「日本農業の勝ち筋」とは
トランプ関税に政官民問わず揺さぶられているなか、「コメの関税をゼロにせよ」と訴えるのは、農業法人役員で民俗学者の野口憲一氏である。注目を引くための極論でもなければ、現場を知らぬ者の暴論でもない。高級レンコンを自ら栽培し、ビジネスとして成功させている野口氏は、トランプからの外圧は日本農業を強くし、発展させる好機だというのだ。
以下、野口氏の特別寄稿である。
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「日本の米には700%の関税がかけられている」。2025年4月2日、世界の国々に対して「相互関税」と称し一律10%の関税をかけると宣言した際、アメリカのトランプ大統領はそう言いました。それ以前に、ホワイトハウスの報道官も同じ発言をしていました。これは事実とは違いますが、それでもトランプ政権は、日本は対米貿易黒字が大きいとして一律10%に上乗せして累計24%もの関税をかけると宣言しました。その後、各国とのディールに移行するために90日間の一時停止措置が取られましたが、どのような結果になるのかはまだ見通しがつきません。
私はこのニュースを聞いたとき、「こんなチャンスはない。この際、アメリカ向けのコメの関税を完全撤廃すべきだ」と直感しました。そうすることが国益にかなうし、日本の農業の再生にも直結すると確信しているからです。
トランプも納得し、日本の消費者も得をする
現在の日本では、コメ価格の高騰が続いています。一番の原因は、近年の環境変動によって夏場の気温が極端に上がり、コメが不作になったことです。さらにインバウンドによる訪日外国人の増加、世界的な日本食ブームも、コメ需要の激増を後押ししました。近年は海外向けの輸出も増加しています。そもそも減反政策が続いていて、コメの作付面積が減り続けているという大前提もあります。
マクロの状況を言えば、バブルの崩壊以降30年間もデフレに悩んだ日本経済が、ようやくインフレに転じてきています。2022年2月に始まったウクライナ―ロシア戦争によって燃料や小麦価格が高騰したこと、日米の金利差が拡大することで円安が進み、輸入品の物価が高騰したことが大きな原因といわれています。日本はあらゆる生活必需品を輸入に頼っていますから、エネルギーやモノの値段が高騰すれば食料品の価格上昇も必然的に生じてきます。
インフレとコメ価格の高騰の対策として、日本政府は備蓄米の逐次放出を決定しました。しかし、市場に放出される備蓄米も一瞬で消えていくような状況が続いており、焼け石に水です。5キロで4000円を超えるようなコメ価格の高値安定状態は容易に解消していません。だったら消費者のためにも、アメリカのコメを大量に入れて米価を下げるのは理にかなっています。
1993年に平成のコメ騒動が起こった時には、タイなどからコメを緊急輸入して乗り切りましたが、タイ米は長粒種で水分が少なく、日本の消費者の評判はあまりよくありませんでした。しかし、アメリカのカリフォルニア州では日本と同じ短粒種を作っており、品質も上がってきています。日本人の口にも十分合うと思いますし、価格は国内米よりもだいぶ安い。アメリカ向けのコメの関税を完全撤廃すれば、トランプ政権に対する「日本は市場開放に本気だぞ」というメッセージになるし、日本の消費者の利益にもなるのですから一石二鳥です。
アメリカにもある非関税障壁
実を言うと、トランプ関税や最近のコメ価格高騰の問題が起こる以前から、私自身は「あらゆる農産物の関税を基本的に撤廃すべきである」と考えていました。それが日本農業の再生につながる道だと確信しているからです。
そういう主張をしていると、都会住まいのエコノミストか評論家か何かだと思われるかもしれませんが、私はエコノミストでも評論家でもありません。本業はレンコン農家であり、家業であるレンコンの生産と販売を行う農業法人(株式会社野口農園)で役員をしています。住んでいるのも辺り一帯に蓮田がひろがる茨城県かすみがうら市の農村地帯です。収穫期には蓮田に入り、大切に育てたレンコンを収穫し、それを販売して生計を立てている。そうした一農業従事者の立場から主張をしています。
日本の農業には従来、「国民の腹を満たすための安定供給」が期待されていました。農業政策も、安価で安定的なコメの供給に主眼が置かれており、農家は長年、「貧乏」になることが運命づけられていました。「やりがい搾取」が構造化していたのです。
農家の長男として生まれた私は、この構造が許せませんでした。農家には高度な技術が蓄積され、日本の農産物は世界最高レベルの品質を誇っているのに、その付加価値は農家の手元には残らない。それを取り戻すべく、私は「レンコンの高付加価値化」に取り組み、一定の成果を上げてきました(その手探りの軌跡は『1本5000円のレンコンがバカ売れする理由』という、私の最初の著書に記してあります)。
生産物の高付加価値化を図るには、従来の農業政策が想定していたような「横並び」「質より量」の発想ではダメで、価格帯のピラミッド構造を作らなければならない。この「農産物価格のピラミッド構造化と高付加価値化」こそ、日本農業再生につながる道です。「大した価値は生めないので関税によって守って下さい」などという「弱者の発想」をしている限り、日本の農業の未来は開けません。
もし高付加価値化ができれば、むしろこちらからアメリカをはじめとする海外に農産物をどんどんと輸出し、「反撃」する可能性も開けます。
日本の農産物が輸出できない
私は2017年ごろからアメリカ向けの生のレンコン輸出に、国内でもいち早く取り組んできました。実際にニューヨークで営業を行ったこともあります。転機となったのはニューヨークの高級天ぷら店との取引です。この天ぷら店では実家のレンコンを使ってもらえることになったのですが、シェフからは、日本から魚の取り寄せは十分にできるものの、高級天ぷら店の求める品質に見合うアメリカ産の野菜がなかなかないので、レンコン以外の日本産農作物を探してもらえないかという問い合わせをもらいました。
私はレンコンの生産販売の傍ら、ビジネスというよりもライフワークとして日本産の高級農作物を仕入れてEUに輸出する仲介事業を行っていましたので、シェフからの依頼に応えるべく、アメリカにも輸出できる野菜を探しました。
しかしこの取り組みはすぐに頓挫しました。日本の農作物はほとんど輸出できないことが分かったからです。輸出できるのは、レンコンの他にゆり根やタマネギなど、ほんの数品目のみ。レンコンはたまたま奇跡的に輸出できる品目だっただけでした。
なぜ輸出できないか。関税障壁があったからではありません。そもそも、先方との間で交渉がなされていなかったからです。要するに、アメリカ側に日本からの農作物を受け入れる要件が存在しなかった。このことをJETRO(日本貿易振興機構)に勤務する知人に問い合わせましたが、アメリカと不用意に交渉をするとアメリカからももっと「買ってほしい」と言われてしまうから日本は交渉ができないのだろうという返答がありました。要するにアメリカにも農産物に対する非関税障壁が確実に存在しているわけです。
それならアメリカから米の市場開放を迫られている今こそが、交渉をするタイミングでしょう。この国難ともいわれる状況を日本農業にとってのチャンスに変えるためには、むしろ日本側から農産物の関税撤廃を持ちかけ、お互いに完全にフェアな環境を整えればいいと思います。安い米や大豆、トウモロコシなどはアメリカからもっと輸入すればいい。アメリカの大豆を一番買っているのは中国ですが、その中国は当分の間、アメリカからは買わないでしょう。それでも中国は困らない。近年、穀物の自国生産に力を入れていますし、いざとなったらブラジルやカナダのような大生産国と話をつければ済むからです(第1次トランプ政権の米中対立の時はそうなりました)。しかしアメリカの大豆やトウモロコシの行き場がなくなるとアメリカの農家は困ります。交渉次第でしょうが、米中対立が続く限り、安く買える状況にあるわけです。
その代わりに、米をはじめとした日本産の高品質で高価な農作物を逆にアメリカに輸出する取り組みを行えばよい。現在許された数品目だけでは、対米向けの農作物輸出拡大など到底無理でしょう。輸出量を増大させるためには、単なる食材としてだけではなく、食文化と一緒に輸出し、現地において日本産農産物マーケットを確立することが重要です。
実は例に挙げたニューヨークの天ぷら店のシェフに限らず、「日本の高品質な野菜を調達できないか?」という申し出を、私はこれまで何度も受けてきました。現在は日本食ブームですので、米国にはラーメンの一風堂のようなコモディティーレストランに限らず、多くのラグジュアリー和食レストランが作られ始めています。日本人の一流シェフが国内外の企業と連携して米国にレストランを開いたり、現地で和食レストランを開くコンサルタントとして活動するといったような事例も多くあります。私の農園ではミシュランの星付きのような一流レストランとの取引が多いため、このような依頼を何度も頂くのですが、その都度お断りをせざるを得ないのが現状です。
先日、日本経済新聞が報道していましたが、日本の郊外型アミューズメント施設をアメリカでも展開して大成功したラウンドワンが、高付加価値の日本食のアメリカ展開を考えているといいます。ぜひ成功してほしいと思いますが、日本の農産物を食文化と一緒に輸出してアメリカ人に味わってもらうとなったら、アメリカ側にもこうした非関税障壁を撤廃してもらう必要があります。
JA否定論は無意味
関税をゼロに近い形にして輸出を促進すべきだという議論は、従来もありました。ただ、こうした議論のポイントは、今回の米価高騰の前から日本のコメの価格は高過ぎるため、スマート農業を導入して経営の合理化を図り、価格を国際相場と合わせた上でコメの増産と輸出拡大を図るべきだというところにあります。
しかし、このような方法だけでは、広大な国土面積を持たない日本では不利だというのが私の考えです。そもそも中山間地域の棚田のような農地で作付けしている場合などは、合理化といっても限度がありますし、大量生産農法は圧倒的に環境負荷が高いという根本的な欠点もあります。ですから日本の農作物は、あくまでも中産階級以上の富裕層向けのマーケットを対象にすべきです。
もう一つ付け加えると、「日本の農業も国際価格に合わせて増産し、競争力を高めて輸出拡大を」という意見を述べる方は、得てしてJAや農協を一方的に悪者扱いする傾向がありますが、私はこの考え方には反対です。うちの農園自体は主要取引先が商社やスーパーマーケットですので、経営的な面でのJA依存度は大きくない。また、農村共同体では目立つと嫌がらせをされるという村社会的な因習がありますから、本を出したり言論活動をしたりしている私も格好の陰口の対象になっていることでしょう。むしろ、「出て行ってくれたら清々する」ぐらいに思われているかもしれません。それでも、社長である私の父は、JAから脱退することは全く考えていません。その理由はおそらく、JAが「農村そのもの」だからでしょう。
わが家の近くには協同病院というJA系の病院があり、斎場もJAが経営しています。ご近所さんはみんなJAの組合員、レンコンの生産部会員ばかりです。もっと言えばガスもJA、買い物もJA、保険も貯金も車も家のローンも全部JAです。JAの信用力は市役所並みか、ひょっとすると市役所以上。この地で生まれ育った父にとって、幼なじみも、初恋の青春も、友達もみんなJAと関わっている。文字通り揺り籠から墓場までがJAなのです。JAや農協は農村のインフラどころか、農村のアイデンティティーそのものです。
そんなところを真正面から批判しても、農村は絶対に動かない。何よりJAのような莫大(ばくだい)なリソースを利用しないのはもったいない。JAが問題だらけの組織であることは百も承知です。しかし、コメの関税を0にするとなったら、JAも否応なく変わらざるを得なくなり、結果的にイノベーションが促進されるかもしれません。JAの莫大なリソースが今より有効に活用されるようになる可能性もあります。日本政府や農水省は、JAがこの問題と真正面から取り組むことができるよう、徹底的にサポートすべきです。
食糧安全保障の問題を指摘する声もあると思いますが、減反政策をやめて輸出をにらんだ増産と高付加価値化を進めれば、食料自給率はむしろ上がるはずです。大豆、小麦、トウモロコシなどの穀物は輸入頼みという構造問題はありますが、エネルギーと同じように調達先の多角化を図るなどの戦略を立てておけば、トランプ政権のような自国の利益を強烈に主張する国が出てきた場合のダメージを多少は軽減できるでしょう。
いずれにせよ、後手に回るのではなく、日本から「コメ関税ゼロ」のような先手を打つことで難局を乗り切り、国益の増進と日本農業の高付加価値化につなげてほしいと思います。