チャキチャキの下町娘から妖艶な人妻まで…日本映画史のレジェンド「若尾文子」映画祭が開催! 見どころを“あやや”ファンのジャーナリストが熱く解説
セーラー服姿も……
さて、ラピュタにつづく、「角川シネマ有楽町」の映画祭、まずは前半の《Side.A》である。
「ここでは、明るい役柄の初期作品が中心です。特に、増村保造監督との初コンビ作『青空娘』(1957)と、“若尾ラブコメ”最高傑作との声もある『最高殊勲夫人』(増村保造監督、1959)の2作が、4K版となって初披露されるので、見逃せません」
映画ジャーナリスト氏は、先日、「青空娘」4K版の初号試写を観たという。
「唖然となりました。大映は、1956年の『午前8時13分』(佐伯幸三監督)から、ドイツのアグファカラー・システムを導入します。こってりした濃い色味が特徴で、通称“大映カラー”と称されました。特に赤系が強烈です。しかし、経年劣化でプリントが褪色すると、その独特な色味が失われてしまうんです。アグファ初期の『青空娘』も、ずっと褪色プリントで観てきたので、ここでの若尾さんの髪の毛の色は、てっきりふつうの茶髪だと思っていました。ところが、今回の4K版で観たら、茶髪どころか、ほぼ赤毛だったんですよ。おそらく、アグファカラーを生かすために、赤く染めたのではないでしょうか。昭和32年に、あれほどの赤毛は、究極のモダンだったと思います。そのほか、カメラ機や自動車ボディなど金属質の輝きも、うっとりするほどの美しさ。それらが、4Kで見事によみがえっているのです」
「青空娘」は、シンデレラ物語の現代版である。ファンの間では、最初のほうで、若尾文子のセーラー服姿を拝めることでも知られている。
「そのほか、この《Side.A》では、若尾さんの本格デビュー作、1952年5月公開、『死の街を脱れて』(小石榮一監督)も上映されます。敗戦で中国大陸に取り残された満蒙開拓団の女子たちの、決死の脱出行を描く作品です。撮影時、若尾さんは18歳。急病で降板した久我美子の代役でした。まだふっくらした顔つきですが、野犬の群れと戦うシーンなど、すでに女優として腹が据わっていることが伝わってきます。終戦から7年目の作品で、スタッフ・キャスト全員が戦時中の苦労を知っているだけに、説得力がちがいます。伊福部昭の音楽も実に感動的です」
実は、若尾文子は、上記本格デビュー作以前に、すでに2作でスクリーンに“登場”していた。
「1952年2月公開の『生き残った辨天様』(久松静児監督)で、太鼓を叩いている3人娘の1人が、若尾さんです。大映演技研究所を卒業して2日後の仕事だったそうです。つづいて翌月の3月公開、終戦後の長崎を舞台にした『長崎の歌は忘れじ』(田坂具隆監督)で、“松葉杖をつく少女”役で数秒映ります。セリフもひとことあって、ちゃんとオープニング・クレジットで、名前も出ます」
実は今回の《Side.A》では、その「長崎の歌は忘れじ」も特別上映される。まさにレア作品である。
「ほかに、デビュー2年目で可愛らしい舞妓さんを演じた、巨匠・溝口健二監督の『祇園囃子』(1953)なども必見です。母親を亡くした健気な娘が、芸妓を志願し、次第に美しい舞妓に成長していく、その変貌ぶりが見事です」
「この娘は“低嶺の花”だ」
さて、後半の《Side.B》は、濃厚な〈運命の女〉役が多い、中期以降の渋めの名作がならぶ。
「これらこそが、若尾さんの真骨頂です。後半でも4Kの初披露が2本あります。これを機に“演技派女優”に脱皮したといわれる『妻は告白する』(増村保造監督、1961)。そして“トラウマ映画の名作”『清作の妻』(増村保造監督、1965)です。どちらもモノクロですが、何かに“憑かれた”ような、凄絶にして鬼気迫る芝居を見せてくれます」
全盛期の作品だけに、後半は、特に必見作が目白押しである。
「日中戦争下の従軍看護婦を演じた『赤い天使』4K(増村保造監督、1966)、もろ肌脱いだ若尾さんの背中に蜘蛛が描かれる、谷崎潤一郎原作の『刺青』4K(増村保造監督、1966)、岸田今日子との同性愛を描く、これも谷崎原作『卍』(増村保造監督、1964)、水上勉文学を原作とする“官能文芸”『越前竹人形』(吉村公三郎監督、1963)と、『雁の寺』(川島雄三監督、1962)……枚挙に暇がありません」
最後に、マニアならではの注目作を2作、あげてもらった。
「《Side.A》では、戦後17年目の広島を舞台にした恋愛メロドラマ『その夜は忘れない』(吉村公三郎監督、1962)をぜひ観てほしいです。目に見えない被曝の傷の深さを、田宮二郎と若尾さんが見事に演じています。わたしは、むかしから、本作を高校の芸術鑑賞会で見せるべきだと本気で思っています。また《Side.B》では、スクリューボール・コメディ(快速セリフの応酬で描く喜劇)の名作『婚期』(吉村公三郎監督、1961)でしょうか。婚期を逃しかけてイラついている若尾文子・野添ひとみの姉妹が、兄嫁の京マチ子を徹底的にいびりまくってウップンを晴らします。女性の隠れた本音を表に出したらどうなるかを描く、ブラック・ユーモア調の喜劇です。これは、女子高の芸術鑑賞会で上映してほしいですね」
大映の“永田ラッパ”こと永田雅一社長は、若尾文子の入社時、「この娘は、高嶺の花ならぬ“低嶺〔ひくね〕の花”だ」と語ったという有名な逸話がある。誰でも手が届きそうな名花だとの意味だ。たしかに彼女は、一般庶民から妖艶な人妻、悪女まで、さらに喜劇から文芸、ミステリまで、どんな役でもどんなジャンルでも、見事に演じた。これほど幅広く、多くの仕事をこなせる俳優は、もう二度とあらわれないだろう。
若尾文子、現在91歳。職業「映画女優」。スクリーンから遠ざかって日がたつが、その姿は、今回上映される「62本」のなかに、62通りとなって刻まれている。
(注)ラピュタ阿佐ヶ谷はすべてフィルム上映(一部16mm)。角川シネマ有楽町はすべてデジタル上映です。
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