薬物汚染に陥ったアメリカで暗躍する「メキシコ・カルテル」という黒幕 「1錠で命を奪う」悪魔の錠剤が蔓延するまで

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薬物大国アメリカはどう動いたか

 では、病める大国・アメリカは、オピオイド禍という国家を揺るがす問題にどう対応してきたのだろうか。

 2017年1月に就任したトランプ大統領は、「公衆衛生上の非常事態」を宣言し、オピオイド対策を強化し始めた。具体的には、中国にフェンタニル類の輸出を止めるよう繰り返し求めるとともに、メキシコ国境警備の強化に走る。トランプ大統領が掲げた「トランプウォール」もそのひとつだ。元々は、メキシコからの不法移民を防ぐ目的でアリゾナ州ユマの国境沿いに作られた“壁”だが、メキシコ・カルテルは不法移民を利用したドラッグの密輸を絶えず繰り広げており、これらの防御策としての一定の機能はあると見られていた。

 ところが、事はそう上手く運ばなかった。カルテル側は地下トンネルやドローン、さらには投擲機に至るまであらゆる手段で国境を突破し、密輸を継続したのだ。結果、第一次トランプ政権ではフェンタニル危機は収束せず、逆にコロナパンデミックという社会不安が薬物の使用を増長。使用者が急増するという皮肉な状況を生んだ。死者数という“ボディカウント”で事態を見極めるのは少々乱暴だが、17年には7万237人、そして20年は9万1799人が薬物の過剰摂取で亡くなっている。

 21年1月に就任したバイデン大統領は、オピオイドの鎮静化を重要なアジェンダとして訴え、麻薬対策費(とりわけ治療プログラム費)として過去最高の462億ドル(約6兆円※23年の為替レート)を予算化。退任前の24年12月には、国境警備隊により過去最高となるフェンタニル約5万ポンド(約22.68トン/約20億回分)を押収するなど、その成果を強調した。が、これも芳しい成果が出たとは言い難い。同じくボディカウントで申し訳ないが、過剰摂取による死者数は、第1次トランプ政権を上回り、21年は10万6699人、22年は10万7941人といずれも10万人の大台に乗せている。

 では、トランプ大統領はどのような対策に打って出ようとしているのか。第3回【日本人が知らないトランプ関税“ウラの理由”…「メキシコ」「カナダ」「中国」を槍玉に挙げた背景に“今そこにあるドラッグ危機”】では“未曽有の薬禍”と対峙するトランプ政権の苦闘ぶりを報じている。

瀬戸晴海(せと はるうみ)
元厚生労働省麻薬取締部部長。1956年、福岡県生まれ。明治薬科大学薬学部卒。80年に厚生省麻薬取締官事務所(当時)に採用。九州部長などを歴任し、2014年に関東信越厚生局麻薬取締部部長に就任。18年3月に退官。現在は、国際麻薬情報フォーラムで薬物問題の調査研究に従事している。著書に『マトリ 厚生労働省麻薬取締官』、『スマホで薬物を買う子どもたち』(ともに新潮新書)、『ナルコスの戦後史 ドラッグが繋ぐ金と暴力の世界地図』(講談社+α新書)など。

デイリー新潮編集部

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