すでに“50万人”以上が犠牲に…いまアメリカを襲う“史上最悪の麻薬危機” フェンタニルが全米を席巻するまでの麻薬汚染の実態とは

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 製薬会社「パデュー・ファーマ」が開発・販売した麻薬性鎮痛剤「オキシコンチン(OxyContin/成分名:オキシコドン=oxycodone)」が、アメリカのオピオイド危機を招いたことは、2025年3月17日配信の記事(【「1年で10万人」が犠牲に…全米に蔓延する「オピオイド禍」最大の元凶は350億ドルを荒稼ぎした「製薬会社」だった】)で述べた通りだ。

 1990年代後半から現在までにオピオイドによって50万人以上が命を落としたとされ、アメリカの麻薬史上、類をみない深刻な事態に陥っている。これに対し、国や州が手をこまねいてきたわけではない。製薬会社やクリニック、調剤薬局に対して行政指導や取締りを徹底するとともに、「オピオイドの過剰摂取を煽り、多くの国民を中毒死に追いやった」として州や自治体が「パデュー・ファーマ」をはじめとする製薬企業を相次いで提訴。被害当事者による提訴を含めると、その数は数千件にも及んでいる。【瀬戸晴海/元厚生労働省麻薬取締部部長】

 しかし、こうまでしてもオピオイド禍が収束したとは言えない。それどころか、むしろ悪化の一途を辿っているのだ。

 一体、なぜか? 

 製薬会社の代わりに「メキシコ・カルテル」が、オキシコンチンの強度を遙かに凌ぐフェンタニルをひっさげてアメリカに乗り込んできたのだ。

 そもそもオピオイドとは、ケシの一種から採取された“あへん”に含まれるアルカロイドや、モルヒネを原料に製造したヘロイン、または化学合成された同様の作用を持つ薬物の総称である。そして、フェンタニルは鎮痛剤として使用される強力な合成オピオイドだ。

 2024年にDEAが押収した密造フェンタニルは、錠剤約6000万錠、粉末約8000ポンド(約3.6トン)で、合計すると致死量3億7700万回分に相当する。医薬品として消費されるフェンタニルの量はアメリカでは年間約212キロ、日本では約20キロに過ぎない(2021年 INCB=国際麻薬統制委員会調べ)。密造フェンタニルがどれほどアメリカで蔓延しているか分かるはずだ。

「セレブドラック」の登場

 では、どのような経緯でメキシコ組織がアメリカに参入してきたのだろうか。これを理解するためには、アメリカとメキシコの薬物犯罪史の知識が不可欠だ。ここで少しだけ概説しよう。

 アメリカでは1960年代に入って麻薬汚染が激化した。ヒッピー文化の影響によって大麻やLSD、また、ベトナム戦争に由来するヘロインが社会問題となりつつあった。レイ・チャールズはじめジョン・レノン、エリック・クラプトン、ジミ・ヘンドリックスなど多くのミューシャンがこの時期にヘロインなどへの依存で苦しんだことは皆さんもご承知だろう。

 70年代に入ると、ここにコカインが加わる。古くから乱用されていたコカインだが、マイアミを中心にフラッシュオーバーすると、一気にアメリカ全土へと燃え広がった。粉末を鼻腔から吸引する“スニッフィング”という使用方法が、セレブや若者を中心にファッショナブルと捉えられ、猛烈な勢いで広がりを見せる。その背後にいたのが、南米コロンビアの犯罪組織「メデジン・カルテル」や「カリ・カリテル」だった。

 彼らはアメリカのドラッグブームに目を付け、自国やボリビア、ペルーで生産・精製したコカインをアメリカへ密輸するビジネスを模索していた。そして、当時内戦中だったニカラグアやカリブ海諸島を海路・空路で経由し、フロリダへ届けるマイアミルートの開拓に成功したのだ。80年代半ばには約150トンのコカイン(純品を鼻腔摂取した場合には約5000万回分)がアメリカ国内で押収されるなど、コカインはアメリカのドラッグカルチャーの主役にのし上がっていく。

 余談になるが、近年では世界中で年間約1000トンのコカインが押収されている。南米での生産量は1500~2000トンとされ、原料となるコカの木の栽培面積はコカ三国(コロンビア、ペルー、ボリビア)だけで約23万ヘクタール(東京ドーム5万個分)に上ると国連は推計している。医薬品としてのコカインの総消費量は世界で398キロ、日本では約4キロ(2021年INCB調べ)とごく少量だ。世界に流通する不正コカインの量がどれだけ膨大かおわかりいただけるだろう。

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