妻の不倫は責めないけれど…相手を知って「あんな男と」  “衝動”に走った53歳夫に下された「犯罪だからね」の宣告

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「男の正体」を知ってしまって

 そのたびに、自分の存在が薄くなっていくような気がした。久しぶりに彼が日本にいると知ったかつての友人たちが飲み会を開いてくれることも増え、彼自身は旧交を温めることにも忙しくなった。

「高校時代の友人たちにも会いましたよ。広夏も連れてこいと言われたけど、彼女は仕事で行けないと伝えてほしいと……。そのとき、友人たちに『あれ、おまえのところ別れたんじゃなかったっけ』『ああ、そんな噂があったな』なんて言われたんですよ。別れてないよ、どこからそんな噂が流れてきたんだよと聞いたけど、大元はわからなかった。帰り際、広夏と仲のよかった順子がすっと隣に来て、『離婚したという噂の根源は大暉だよ』と当日、来ていなかった友人の名前を出した。どういうことなんだと聞いても、順子は口を割らない。真実を知りたいんだと泣きついたら、『もう5年くらい前かなあ、広夏と大暉、つきあっていたの。一時期はどっちも離婚して一緒になるって言ってたのよ。でも話はなかなか進まない。そりゃそうよね、子どもがいるのに、そんな簡単にはいかない。それで業を煮やした大暉は、広夏が離婚したという噂を流した。広夏はそれに怒って別れを告げた。でも大暉はその後、離婚してさらに広夏に迫ったらしい』と。妻にそんな大恋愛があったんだと衝撃を受けました」

 知らなかったと匡志さんはつぶやいた。大丈夫? という順子さんの声が遠くに聞こえたような気がした。気づいたら、順子さんの家にいた。

「僕、一瞬、気を失ったみたいなんですよ。そのあとはタクシーに乗せられて、順子のマンションに来たようで。少し眠って目が覚めた。順子は『大丈夫、今日は私ひとりだから』って。夫が出張中だからというのを聞いて、そうか、夫が出張中なら家に他の男を入れるのかと思った。うちは母親も子どもたちもいたけど、みんながいない日もあったかもしれない。そんなとき広夏はうちに男を入れていたんだろうか。そんなことまで考えてしまいました」

突き動かされるように…

 広夏さんの浮気を責めるつもりはなかったが、相手が大暉さんとなれば話は別だった。高校時代、彼はいつも大暉さんと反目しあっていたからだ。広夏さんだって、そのことは知っていたはずだ。それなのにあんな男と浮気するとは……と頭に血が上った。

「悔しかった。いろんな意味で、男としての自分が終わったような気がしました。絶望している僕の目の前に順子がいた。突き動かされるように順子にのしかかってしまいました。激しく抵抗され、顔をひっかかれて退散したけど、それもまた絶望に拍車をかけた。結局、誰にも必要とされていないことがよくわかった」

 ずいぶん衝動的な行動に走るものだという印象は免れないが、やり場のない思いに負けてしまったのだろう。

「謝ったけど順子の怒りは解けなかった。翌日には広夏に連絡がいったようです。広夏から『恋したのなら理解はするけど、暴力的なのは犯罪だからね』とLINEが来ました。違うんだよと返信したけど、自分でも違うかどうか確信がもてなかった。その日、上司にまた海外に行く意志があることを伝えました。ちょうど誰かを派遣しなければならない時期だったようで、1ヶ月もたたないうちに、とある国にいました」

 3年ほど駐在して帰国しているときに話を聞いたのだが、今後も海外に居つづけるつもりだと彼は言った。

「母が入院しているんです。このまま高齢者施設に入れるつもりで帰国しました。息子はすでに家を出ているし、自宅は広夏と娘のふたり暮らし。ふたりとも仕事をしていて、女同士、適当にうまくやっているみたいですね。僕は今回、ホテルに泊まっています。家族はバラバラになってしまった。広夏にそう言ったら、『うちはもともとバラバラだったのよ』って。そうかと思わずカラ笑いしてしまいました」

 大暉さんとのことが夫にバレているのは、広夏さんもわかっているはずだ。あれほど親の離婚で傷つき、親も妹も道徳観がなってないと怒っていた広夏さんはもういない。だが、道徳観からはずれた広夏さんは、若いときより魅力的でもある。匡志さんは、「自分がいない人生を送っていた妻が、きれいになっている」ことにもショックを受けているのかもしれない。

 その後、また海外に渡った匡志さんからある日、メールが届いた。妻とは相変わらず話し合いはしていないが、連絡が途絶えているわけでもないらしい。

「僕と妻のいちばんいい距離感は、同居せずにLINEで連絡をとりあうことなのかもしれません」

 最後に(笑)とあったのが、どこかせつない。

 ***

 匡志さん夫婦の関係性がズレていった原因が、海外での仕事が続き家を空けがちだった若い頃にあるのは間違いないだろう。「自分は常に傍観者みたいなものだった」と語る家族との関係性は【記事前半】で紹介している。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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