ゴールデンウィークも返上で動員 郵便局長たちに課される過酷な「選挙ノルマ」の日々

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【全2回(前編/後編)の前編】

 夏の参議院選挙に向け、全国の郵便局長たちは本業以外の「任務」に追われていることだろう。

 19年の選挙で関東地方の小規模郵便局の局長・Cさんは、組織内候補の当選に向け、「局長1人当たり、後援会員を80世帯100人、そして選挙では30票の獲得」というノルマを課されたという。

「また地獄の毎日だ……」とつぶやくCさんの体験談から、予想をはるかに超える選挙活動のすさまじい実態を明かす。(引用は全て、西日本新聞記者・宮崎拓朗氏の著書『ブラック郵便局』より)

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全国郵便局長会による選挙活動

 全国約2万4000の郵便局は、三つの種類に分類される。

 (1)郵便物の配達も含め多様な業務を行う地域拠点の大規模局(約1200局)

 (2)窓口業務を担う町中の小規模局(約1万9000局)

 (3)個人事業主などに切手販売など窓口業務を委託している簡易郵便局(約4000局)

 このうち、(2)の小規模局の局長たちが組織しているのが局長会だ。

 正式名称は「全国郵便局長会」。1953年に設立され、約1万9000人の局長のほぼ全員が所属している。会則の第3条には、「会員の勤務条件の向上を図る」と労働組合のような目的を掲げているが、法的な位置づけのない「任意団体」だ。

 局長会は政治活動にも力を入れる。参院選のたびに自民党の全国比例から組織内候補を1人擁立し、当選させてきた。参院議員の任期は6年で、3年ごとに半数を改選する選挙が行われるため、局長会は常時2人の議員を抱えている。

 19年夏の選挙には、2期目を目指す局長会の元会長、柘植芳文(よしふみ)氏の立候補が決まっており、既に後援会が立ち上がっていた。

 選挙は業務外の活動になるため、「業務時間中に政治活動をしてはならない」と指示されている。Cさんは、仕事が終わった後や週末に、地域の顔なじみの家を訪問して回った。

「来年の夏の選挙で、私たち郵便局長会は、柘植芳文という者を応援することになっています。後援会員を集めるように言われていまして……」

「局長さんの頼みなら喜んで入るよ。ノルマがあるんでしょ。大変だね」

 相手の好意的な反応にほっとすると、Cさんは「つげ芳文後援会入会申込書」を手渡し、氏名や電話番号を記入してもらう。この申込書を、半年の間に80世帯・100人分集めなければならない。

 政治活動はデリケートだ。共産党員など、政治信条が相容れない相手を勧誘してしまった場合には、会社に対して「局長が選挙のお願いをして回っている」などと苦情が入れられ、トラブルに発展する可能性もある。数をこなせば成績が上がる保険営業などとは違う難しさがあった。

 そこで大事になってくるのが、日々の「地域貢献活動」の積み重ねだ。局長たちは、地元の消防団に入り、商店街など地域の役をいくつも掛け持ちしている。清掃などのボランティア活動があればすすんで参加。知り合いになった地域住民に「何かお手伝いすることはないですか」と声をかける。「局長さんいつもありがとう」と言ってもらい、頼みを聞いてもらえる関係をつくっておくのだ。人間関係が濃くなれば、自然と相手が支援している政党も分かる。

「ここまで必死にやる必要があるんだろうか」

 そんな疑問を抱えながらも、Cさんは入会申込書を集めてまわった。

ノルマと人事権で圧力

 Cさんたち現場の局長には「成功を勝ち取ろう! 必達30!」と集票ノルマの達成を呼びかける文書が配られ、日がたつごとに活動は過熱していった。集まりのたびに、幹部から進捗状況を報告させられる。集めた入会申込書も提出させられ、局長が勝手に他人の氏名を書いていないか、筆跡まで確かめられた。

 個人ごとに獲得した後援会員の数をまとめた一覧表が作成され、集めた人数が少ない局長は「局の椅子に座ってるだけだからこんなことになるんだ。もっと地域に溶け込め」と叱責された。周りで聞いているCさんたちは、いたたまれない気持ちになる。

 局長会には「部会」の上部組織として、約100局を束ねる「地区局長会」があり、選挙はこの「地区」単位で取り仕切られる。

 地区会長を務める局長がCさんたちの部会を訪れ、会議に参加した日、その場の緊張感はさらに高まった。

 例によって会社の業務についての話し合いが終わり、Cさんたち局長だけが残って局長会の会議が始まると、それまで黙っていた会長は「それでは私から話をさせてもらいます」とおもむろに話を切り出した。

 1人当たり「80世帯100人」分の後援会員を集める地区の目標は、達成にはまだ遠かった。会長は「危機的状況と言わざるを得ません。この部会では、どれぐらい集まっているのか」と尋ね、手渡された資料に目を通す。「このペースで目標を達成できると考えているのか」と問い詰められ、Cさんたちは「これから挽回します」と必死に取り繕った。

 会長は、日本郵便社内では「地区統括局長」という要職に就いており、配下の局長たちの人事評価をする権限を持っていた。Cさんの地域では以前、ある局長が僻地の局に異動になったことがあり、「選挙をまじめにやらなかったから、会長に飛ばされたのではないか」とささやかれていた。小規模局の局長には原則として転勤がないだけに、この人事異動の衝撃はなおさら大きかった。

「選挙は業務とは関係ないはずじゃないか」

 Cさんは、人事権を背景にして威圧的に数字を求める会長に反論したかったが、怖くて何も言えなかった。

ゴールデンウィーク返上で「事前運動」

 後援会員集めが終わると、19年4月からはさらに過酷な「ランクアップ活動」が待っていた。

 局長たちは、後援会員になってくれた人に対し、票を入れてくれそうな度合いに応じて勝手に「A」「B」「C」などとランクを付けている。Aランクは、誰に投票するかを尋ね、「柘植さんだよ」と答えてくれる後援会員を指す。一人でも多くAになるよう、自宅への訪問を重ね、働きかけるのがランクアップ活動だ。

 この年のゴールデンウィークは、連日、ランクアップ活動の「統一活動日」に指定された。

 後援会員宅を訪ねる際は、必ず2人一組で行動するよう指示される。Cさんは「さぼっていないか、互いに監視させるのが目的だ」と受け止めていた。

 局長会が当選を目指す柘植芳文氏は、参院選の全国比例での立候補となる。全国比例の投票用紙には、政党名を書いても候補者名を書いてもどちらでも良いルールになっているため、票を積み上げるためには、確実に氏名を書いてもらわなければならない。

 Cさんは、後援会員宅を訪れると、まずは、局長会が準備した説明資料を手に「選挙区の投票が終わって、次に記入するのが全国比例の投票用紙です。これに、『自民党』ではなく『つげよしふみ』と書いてください」と説明した。さらに柘植氏のプロフィールを記載した名刺サイズのカードを手渡し「投票所で名前を忘れた場合は、取り出して見てください」と念を押す。相手が自民党支持者の場合には、「柘植に入れてもらえれば、自民党にも1票が入ることになりますから」と付け加えた。

 公職選挙法では、選挙期間が始まる前に特定の候補への投票を呼びかける行為は「事前運動」として禁止され、処罰対象になる。Cさんは「俺たちがやっていることは、間違いなく事前運動に当たり、選挙違反だ」と認識していた。それでも「投票用紙には『つげ』と書いてください」とはっきりとお願いし続けた。そうしなければ、ランクアップにつながらないからだ。

 その日の活動が終わると、局長たちは成果の報告を求められた。一人一人の訪問件数やAランクの人数などがまとめられた一覧表が作成され、幹部は「同じ家に最低3回は行け」と指示してくる。Cさんは「こんなことをやっていたら、いつか逮捕者が出るんじゃないか」と不安を抱いていた。

選挙違反の行為でさえ容認

 ゴールデンウィークの「統一活動」が終わって間もなく、Cさんは局長会の会合に出席した。局長たちを前に講話をすることになっているのは、選挙に関して厳しい指導で知られる「関東地方局長会」の理事だった。「地方局長会」は「部会」「地区局長会」のさらに上部組織だ。

 講話のテーマはもちろん選挙や後援会活動についてだった。Cさんは「問題が起きたとき、身を守るために役立つかもしれない」と考え、録音機をしのばせていた。

 理事は約30分間の講話で「(郵政グループには)民営化後も規制があり、それを打ち破るのは、政治の力しかない」「柘植さんが圧倒的な勝利で国会に行くことになれば、私たちの郵政事業は、お客さまの利便性の向上のために、もっと使い勝手の良い形になるんだろうと思う」などと選挙活動の意義を説明していった。そして後半、こんな発言をした。

「お客さんの玄関先で、『つげさんの名前をお願いします』『ぜひ投票していただきたいです』って言っちゃっていいですよ。その言い方って選挙違反。(でも)警察の人が、後ろにマンツーマンで張り付いてることなんてないです。『そんなこと言いましたっけ』『覚えてませんね』、そういうのも必要だと思いますので、ぜひ皆さん方、7月に向かって、頑張っていただければと思っています」

 公選法違反の事前運動を、堂々と促していた。

「何とかして、こんなおかしな活動をやめさせる方法はないだろうか」

 Cさんは悩んだ末、当時、郵便局の保険の不正販売問題を報じていた西日本新聞の情報提供窓口にメールを送った。

「郵便局長会の選挙活動について聞いてほしい。成果を出せない局長は、恫喝される毎日です。情報源はくれぐれも秘匿でお願いします」

 その頃、西日本新聞には、局長会に関する投書やメールもかなりの数が届いていた。ほとんどが、局長ではない一般の局員からの批判の声だった。

「自民党の集票マシンである郵便局長会という組織があります。局長会は、赤字の郵便局を存続させるため、会社と癒着して過剰な営業目標を課し、現場は生命保険の不適正な営業活動に手を染めました。上層部の局長たちが甘い汁を吸うためだけに、これ以上の犠牲を出してはいけないと思い投稿しました」

「郵便局の窓口では生命保険の問題に関する苦情が多く、怒鳴り散らすお客さまもいます。にもかかわらず、局長は選挙活動で一日中、局にいません。仕事そっちのけで選挙の話ばかり。本社も支社も、局長には何も指導しません」

「絶大な権限を背景にした郵便局長会の闇は深く、内部通報をしても会社ぐるみでもみ消されます」

 秘密結社のようなイメージを抱かせる郵便局長会とはどんな組織なのだろう。局長本人からの接触はほとんどなく、活動はベールに包まれていた。詳しく知りたいと思い、連絡をくれたCさんに会うため関東に向かった。

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 この記事の後編【「得票数は、局長にとっての通信簿」 選挙に追い詰められる郵便局長の叫び 知られざる過酷な“選挙活動ノルマ”】では、「どこまでも追い込まれます」と語るCさんの証言から、さらに具体的な選挙活動の日々をお伝えする。

宮崎拓朗(みやざき・たくろう)
1980年生まれ。福岡県福岡市出身。京都大学総合人間学部卒。西日本新聞社北九州本社編集部デスク。2005年、西日本新聞社入社。長崎総局、社会部、東京支社報道部を経て、2018年に社会部遊軍に配属され日本郵政グループを巡る取材、報道を始める。「かんぽ生命不正販売問題を巡るキャンペーン報道」で第20回早稲田ジャーナリズム大賞、「全国郵便局長会による会社経費政治流用のスクープと関連報道」で第3回ジャーナリズムXアワードのZ賞、第3回調査報道大賞の優秀賞を受賞。

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