「得票数は、局長にとっての通信簿」 選挙に追い詰められる郵便局長の叫び 知られざる過酷な“選挙活動ノルマ”

国内 社会

  • ブックマーク

【全2回(前編/後編)の後編】

 全国にある約2万4000の郵便局のうち、「町中の小規模局(約1万9000局)」の局長たちによって構成される局長会。参院選には、毎回、組織内候補を擁立してきた。当選させるために、局長たちは日常の業務のほかに過酷な選挙活動を余儀なくされており……。

 関東地方の小規模郵便局の局長・Cさんが想像を絶する選挙活動の日々を語る。(引用はすべて、西日本新聞記者・宮崎拓朗氏の『ブラック郵便局』より)

 ***

綿密に組まれた選挙活動スケジュール

「九州からよく来てくれましたね」

 そう喜んでくれたCさんにさっそく局長会の選挙について尋ねると、Cさんはこう説明した。

「局長会は、局長たちの労働組合のような組織で、自分たちの代表を国会に送り込み、政治の力で国や郵政グループに意見をぶつけている。個人的には、この活動自体が間違っているとは思いません。ただ、選挙活動への力の入れようが、度が過ぎているんです」

 Cさんは、局長会から配られた選挙活動に関する資料を見せてくれた。

 関東地方局長会が作成した「後援会活動のスケジュール」には、2018年秋から19年夏の投開票日までの「取組事項」がみっちりと記されていた。主なものだけを引用すると、こんな内容だ。

 【2018年10月まで】

 ・後援会入会活動の開始(主として既存の支援者を対象に入会活動)

 【11月から12月まで】

 ・進捗状況は、毎月地区単位で把握。必要な挽回策を講じる。※12月末、事務局報告

 【19年1月から3月まで】

 ・後援会入会活動の積極的展開

 ・年末年始までの取組を踏まえた評価・反省の実施(中だるみが出ないように、組織の引き締めにも配慮)

 ・早い段階での入会目標達成を目指す

 【4月から5月まで】

 ・後援会入会者名簿の精度の向上、ランクアップ活動

 ・GW期間中の取組計画の策定、実施

 【6月から7月投開票日まで】

 ・電話作戦

 ・期日前投票の取組

 ・票読み、票固めの徹底

 支援者を増やすための「話法集」も作成されていた。後援会の入会をお願いする際には、「是非、~~さんにも、郵便局のネットワークを維持できるよう、お力をお貸しいただけないでしょうか? よろしければ、この申込書にご記入ください」と頼みながら入会申込書を手渡す、といった勧誘方法が書かれている。Cさんは「こんな正攻法でお願いしても、うまくいくことはほとんどないですが」と苦笑した。

 相手の属性ごとに細かな注意点が記載された文書もある。郵便局のOBに対しては「とにかく低姿勢でお願いすること」、局員には「上司部下の立場ではなく、職場を守るために必要だと強調する」。支持政党がない相手には「自民党から立候補していることはあえて言わない」、公明党や共産党の支援者なら「それと分かった時点で『ありがとうございました』と引き上げる」などと記されている。

 別の資料では、警察の捜査を警戒していた。

「我々は、警察からは『活動量の大きい団体』と認識されています。マークされていることは間違いありません」「特に、会合終了後に会食したりするところを見張られていることが多いそうです」「後援会活動に関わる『飲食の禁止』もしくは『割り勘の徹底』をしてください」「警察関係情報は、絶対に漏らすことのないよう留意してください。情報は、休日、昼夜を問わず、事務局へ速やかに連絡してください」

 Cさんは「末端の局長が捕まったら、絶対にトカゲのしっぽ切りにされるでしょう」とため息をつく。そして「これを聞いてください」と言いながら、ある音声を再生してみせた。関東地方局長会の理事を務める局長が「警察が後ろに張り付いていることなんてない」と言いながら、公選法違反の事前運動を促す発言をした音声だった。

「私たちは毎日のようにこんな指示を受け、選挙活動に追い立てられているんです」

 Cさんの説明を聞きながら、組織的に徹底された活動に驚かされた。どんな個人や団体にも政治活動の自由は保障されており、活動自体を安易に問題視することはできないと感じたが、法に触れていれば話は違ってくる。特に、音声の内容は一線を越えているように思えた。しかも、関東地方の有力者の発言だというからなおさらだ。

 私は発言の真意を尋ねようと、この局長が働く関東地方の郵便局を訪ねた。不在だったため、質問内容を記した書面を残し、関東出張から戻って返事を待ったが、反応はないまま。日本郵便の広報に取材すると、「会社業務とは無関係の内容」だとして、郵便局長会側に尋ねるよう求められた。だが、局長会側に電話で何度問い合わせても、担当者は「対応を検討する」と言うばかりで、結局、何の回答も得られなかった。

 選挙違反が疑われる事案は他にもあった。福岡市内の局長が19年5月、後援会員向けに作成したビラに、「比例代表の投票では、候補者名の『つげ』(ひらがな2文字です)とご記名お願いいたします」と記されていたのだ。関東の事案と同様、選挙期間前に特定候補への投票を呼びかける「事前運動」に当たる可能性が高い。

 今回は九州地方郵便局長会の事務局に取材を申し込んだ。すると、ビラを作成した局長本人から電話がかかってきた。「違法な選挙活動ではないのか」と質問すると、局長は「周りから注意されたので、実際には配っていない」と釈明した後、捨てぜりふのようにこんなことを言った。

「おたくに誰が情報提供したのか、きちんと確認しますから」

得票数は、局長にとっての通信簿

 選挙戦は終盤にさしかかっていた。

 19年7月4日に参院選が公示され、選挙期間に入ると、Cさんの地区では、期日前投票に行くようにお願いする後援会員宅への「電話作戦」が始まった。自分で集めた後援会員に電話をすれば手を抜く可能性があるため、互いに名簿を交換して電話をかけさせられることもあった。

 平日に選挙関係の集まりがあれば、局長たちは有給休暇を取得して参加を求められる。Cさんは後ろめたい思いで、部下の局員に「選挙活動があるから、申し訳ないけど午後から休むね」と断りを入れて駆け付けた。自ら積極的に連日休みを取り、期日前投票の会場まで、足腰の弱った高齢者を車で送り迎えする局長もいた。

 地区局長会からは、お願いした相手が本当に投票所まで足を運んだか確認するため、「投票済証明書」をもらってこさせるよう指示が出た。集める証明書の枚数にもノルマがあった。

「相手から嫌がられるので、証明書なんてお願いしたくはないけど、上層部はそんなことには構わずとにかくノルマを課してくる。どこまでも追い込まれます」

 電話で話したCさんは、かなり疲れた様子だった。

 7月21日の投開票日。局長会が擁立した柘植芳文(よしふみ)氏は約60万票を獲得し、自民党の全国比例トップで当選した。農業団体や建設業団体の支援候補はいずれも20万票程度で、圧倒的な集票力を見せつけた。

 局長会が立てた候補の党内トップ当選は3回連続。直前には保険の不正販売問題が噴出し、日本郵便とかんぽ生命の社長が謝罪会見を行うという逆風下での選挙戦だったにもかかわらず、前々回の約43万票、前回の約52万票からさらに積み上げた。全国約1万9000人の局長が、1人平均30票余りを集めた計算になる。

 総務省が公表する選挙結果の資料では、全国比例の候補者の得票数が自治体単位で確認できる仕組みになっている。Cさんが所属する地区では、ノルマの1人当たり30票を上回る数字が出ていた。

「得票数は、局長にとっての通信簿。目標をクリアできていなければ、反省文を書かされ、厳しい指導が待っている。ノルマを達成できて嬉しいというより、ほっとしたという気持ちしかないです」(Cさん)

 全国郵便局長会が内部向けに出した文書には、2期目の当選を果たした柘植氏が、都内に集まった約50人の局長を前に語った挨拶の内容が記されている。柘植氏は、全国の局長たちが集めた後援会員数が240万人以上にも上ったと説明して感謝を伝え、「常に戦う強い局長会でなければ、これからの郵政事業は守っていけない」と力を込めた。

 ***

 この記事の前編【ゴールデンウィークも返上で動員 郵便局長たちに課される過酷な「選挙ノルマ」の日々】では、公職選挙法違反が疑われる活動さえ行って、なんとかノルマを達成しようとする局長たちの姿をお伝えしている。

宮崎拓朗(みやざき・たくろう)
1980年生まれ。福岡県福岡市出身。京都大学総合人間学部卒。西日本新聞社北九州本社編集部デスク。2005年、西日本新聞社入社。長崎総局、社会部、東京支社報道部を経て、2018年に社会部遊軍に配属され日本郵政グループを巡る取材、報道を始める。「かんぽ生命不正販売問題を巡るキャンペーン報道」で第20回早稲田ジャーナリズム大賞、「全国郵便局長会による会社経費政治流用のスクープと関連報道」で第3回ジャーナリズムXアワードのZ賞、第3回調査報道大賞の優秀賞を受賞。

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。