企業の9割が引き上げで「初任給30万円」時代の到来…「新入社員」と「氷河期世代」との絶望的な“賃金格差”は解消できるのか
大卒人口が顕著に減少
初任給引き上げの背景には、大卒人口の減少も関係しています。人口推移データを見ると、70代半ばの団塊世代、50歳前後の団塊ジュニア世代、その子供世代にあたる20代半ばの世代は人口ボリュームが前後に比べ大きいので、その前の世代に比べ、人口減少がそれほど激しくなく一服していたことが見て取れます。さらに大学進学率も上昇してきたため、大卒人口という意味では近年、それほど減っていませんでした。
しかし、さらにその次の世代が就職世代となり、大卒人口が顕著に減少し始めています。団塊ジュニア世代の子供たちが社会人になっていく中で、大卒人口自体が急速に減り始めているのです。この影響は今後さらに大きくなっていくでしょう。
そうした事情から、今後、初任給の引き上げ傾向は加速していくと考えられます。就職市場は新卒の学生を採用したい企業にとってますます奪い合いの様相を呈し、需給が逼迫すれば賃金は上がらざるを得ません。現在の初任給アップの動きは、むしろ始まりに過ぎないと言えるかもしれません。
ただし、初任給の引き上げには課題もあります。既存の従業員との整合性をどう取るかという問題です。初任給を引き上げれば、世代間で賃金格差が生じることが予想されます。例えば、新卒と就職氷河期世代との間に大きな差がつくような現象が起こり得るのです。
若い世代にとっては就職に有利な状況が続いており、待遇も改善されていくでしょう。一方で就職氷河期世代は、人口のボリュームが多く就職が厳しかった時期に社会に出たため、賃金水準が抑制されてきました。また、非正規労働者として就労せざるを得なかった方も多くいました。こうした事情から、世代間で不均衡が生じてくるのです。
賃金カーブのフラット化
さらに、日本企業の場合、賃金カーブの問題もあります。従来、日本の多くの企業では、若いうちは仕事のパフォーマンスに比べて低い給与に抑え、中高年になるとパフォーマンス以上の報酬水準を設定する、いわゆる後払い賃金制度が一般的でした。この右肩上がりの賃金カーブは日本の特徴として現在も根強く残っています。しかし、企業としてはこの賃金カーブを修正したい、実際のパフォーマンスに近い形、つまり、よりフラットな賃金カーブに修正していきたい。ただし、急激に修正してしまうと世代間で損得が発生してしまうため、なかなか難しいです。
そこでこの初任給アップをきっかけに、各企業が中高年層の賃金水準を比較的抑えながら、若い層の賃金水準を引き上げていく方向性を採ることが考えられます。つまり、働いている人のパフォーマンスに見合った賃金に近づけていくということです。中高年の賃金を下げることは難しいですが、上げないことは人事としても実現可能だと思います。このため、物価上昇局面で賃金を据え置くことで、中高年社員の実質的な賃金水準が抑制されてしまうということが起こっている可能性があります。
今後、構造的なインフレーションが賃金カーブの修正を加速させる展開になっていくのではないかと予想しています。企業の人事部門でも、中高年の方が高い報酬を得ている一方でパフォーマンスがそこまで優れていないという問題意識を持っている方は多いようです。人事戦略としても、この点を是正していきたいと考えている企業が増えてくるでしょう。
では、企業は新入社員の賃金をどの程度、引き上げればよいのでしょうか。
正解はありませんが、一つの目安として、少なくとも物価上昇率を上回る水準にする必要はあるでしょう。現在の物価上昇率は3%程度ですので、例えば去年初任給が30万円だった企業であれば、今年は31万円程度に引き上げるというイメージです。最低限このくらいは上げないと、採用が難しくなる可能性があると思います。
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