身代金だけ奪われて“吉展ちゃん”は見つからず…「戦後最大の誘拐事件」で大失態を演じた警視庁が“東北なまりの男”にたどりついた理由
犯人の「声」を公開
身代金50万円を奪われ、吉展ちゃんの行方も分からない――大失態だった。
4月8日、警視庁はあらたに第1~第2機動捜査隊、上野・浅草警察署、そして捜査第一課からの増派を受け、総勢161名体制で捜査にあたることになる。しかし、有力な情報は得られない。犯人からの連絡もなくなり、何より吉展ちゃんの安否が分からない。警視庁は苦慮の末、公開捜査とすると共に、被害者宅にかかって来た「東北なまりの男」の声を一般公開することを決断する。
4月25日、ラジオは午前5時のTBS、テレビは同7時20分のNHKを皮切りに、音声が公開された。また、警視庁管内の各警察署、そして全国の警察本部に声を録音したソノシート(プラスチック製の薄いレコード)が配備され、農村や商店街の有線放送などで流された。事件現場周辺だけでなく、全国で「吉展ちゃんを捜そう」が合言葉になり、婦人会によるチラシ配りやプラカードを持って情報提供を呼び掛ける運動が展開された。
そして、見ず知らずの人物が人の子を連れ去り、身代金を要求するという事件の残虐性もあり、「暗くなったら早く家に帰るように」「知らない人に声をかけられてもついていかない」などと、全国の子どもが親や学校で注意されるようになった。
効果はてきめんだった。25日だけで541件の情報提供があったが、警視庁愛宕署を訪れた男性が「犯人の声があまりにも知人の声に似ているので、不安になった」と語り、以下の内容を証言した。
「その声が似ている者は、五十嵐某という知人であり、吉展ちゃん事件で犯人が身代金をとったころ、その五十嵐某が身内に一万円をくれた」(前出・手記より)
五十嵐某について、署員が問うと、男性は答えに窮し、「自分の兄」であることを告白した。
同じころ、埼玉県警川口署に、市内の時計商が訪れ、こう申告した。
「御徒町にある、松谷時計店の元使用人だった福島県人の男が、今朝、放送した犯人の声にそっくりだ。その男から4月7日の夜、売掛金4万5000円の支払いを受けた」(同)
愛宕署に届けた人物の兄と、時計店の元使用人の名前は同じだった――小原保である。
【第2回は「62年前に起きた『吉展ちゃん誘拐事件』…完全黙秘の容疑者に『昭和の名刑事』が突きつけた“アリバイの嘘”」……警視庁捜査第一課が展開した大捜査の全内幕】




