筒井康隆(90)原作、長塚京三(79)主演の映画「敵」が話題…繁華街の映画館に“高齢の観客”が押し寄せる理由

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筒井ワールドは永遠

 そして最後に、こんな感想を。

【71歳、男性、元銀行員】
「女房はいま、認知症と腰痛で施設に入っています。子どもはいません。昨年まで、前の勤務先の子会社に、非常勤で通っていました。その仕事も終わり、今年からは、なにもやっていません。女房のお見舞いと、こうして、時々、映画を観に出かける程度の生活です」

 なぜ、この映画を観ようと思ったのですか?

「昨年、東京国際映画祭でグランプリを受賞したときのニュースで、主演の長塚京三が『引退しようと思っていたけど、もう少しやります』みたいな挨拶をしてたんですね。ちょうど自分も、仕事がなくなる時期だったので、なんとなく身近に感じて、劇場公開されたら、観てみようと思っていました。原作小説は、事前に図書館で借りて、読んでいます」

 で、どうご覧になりましたか?

「つらかったです。いま、わたしも、あの映画ほどじゃないんですが、小さな一軒屋で、ひとりで暮らしています。食事をつくったり、洗濯や掃除なども、自分でやっています。あと何年かすると、自分にもおなじような〈敵〉がやってきて、〈あちら〉に連れていかれるのでしょうね。でも、原作にもありますが、ラスト近くで主人公が『この雨があがれば春になる。そしてまた皆に遭えるかもしれない』って言うじゃないですか。あのセリフで救われました。この映画は、原作のラスト以降もちゃんと描いていて、そのセリフのほんとうの意味がわかる仕掛けになっている。原作を超えた、すごい映画だと思いました」

 さて、以上の“老人”たちの感想を読んで、冒頭の映画ジャーナリスト氏は、どう感じたか。

「たまたまでしょうが、一人として、吉田大八監督のことを口にしていません。近年の日本映画を代表する『桐島、部活やめるってよ』(2012年)や、宮沢りえ主演の『紙の月』(2014年)、三島由紀夫原作の『美しい星』(2017年)など、話題作をたくさん生んでいる監督なのですが、その延長で観に来たというひとは、いませんでした」

 つまり、少なくとも“老人”たちは、監督の名前で観にきたわけではなさそうだ。

「そのほか、瀧内公美、河合優実、黒沢あすかという、いまや日本映画界に欠かせない人気女優が3人も出ているのに、彼女たちが目当てというひとも、いなかった。とにかく、〈長塚京三(79歳)〉〈筒井康隆(90歳)〉〈独居老人の晩年〉――この3つのキーワードに“老人”たちは興味をもち、映画館に詰めかけたわけです。一昨年に公開され、ロングランとなったヴィム・ベンダース監督『PERFECT DAYS』も、やはり観客の多くは“老人”でした。どちらも、独居男性の日常を淡々と描いています。近年は、伏線があるとか、驚愕の真実がどうとか、そういう映画ばかりが話題になるので、かえって新鮮に感じるのかもしれません。これからは、映画界も、もっと“老人映画”に力を入れるべきじゃないでしょうか」

 そういえば、筒井文学ファンの元高校教師は、最後にこんなことを言っていた。

「〈老人文学〉といえば、谷崎潤一郎『瘋癲老人日記』や、川端康成『眠れる美女』があがりますが、筒井さんの〈老人文学〉も、もっと映画化してほしいですね。『敵』の前編にあたるような『文学部唯野教授』や、老人の殺し合いが描かれる『銀齢の果て』など、ぜひ、スクリーンで観たいです」

 そのときはまた、映画館が“老人”で満席になるにちがいない。
(一部敬称略)

森重良太(もりしげ・りょうた)
1958年生まれ。週刊新潮記者を皮切りに、新潮社で42年間、編集者をつとめ、現在はフリー。音楽ライター・富樫鉄火としても活躍中。

デイリー新潮編集部

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