もはや人命よりロボットの方が高価? 「総工費23億ドル」ハイテク施設の足元で人間が交通整理をする皮肉(古市憲寿)

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 世界中のミーハーが集まるとうわさのラスベガスの「スフィア」に行ってきた。2023年9月に開業した高さ112メートルの球体アリーナだ。外側がLEDパネルで覆われていて、常に映像が流されているため、ただでさえ派手なラスベガスの中でも異様な存在感をたたえている。

 総工費は23億ドル。日本円で3000億円以上だ。2025年開催予定の大阪・関西万博の会場建設費(最大2350億円と試算)よりも高い。日本世論を二分する万博よりも高額なアリーナというわけである。

 内部は9階層のコンサートホール。装飾は未来的で、人型ロボットによるデモンストレーションなどもある。テクノロジーが人間の可能性をいかに押し上げるかの紹介だという。来場者はロボットと対話を楽しめるのだが、何せロボット1体に対してお客の方が多い。騒音などでロボットが答えられなかった場合は、係員が言い直してくれる。

 ホール内部はもちろん球体。僕が訪れたのはちょうどU2公演の終盤だった。チケットは一番安い席でも1000ドルにまで高騰していた。何も分からず1日目は1階席を取ってしまったが、U2しか見えない席で大失敗。U2には失礼な話だが、球体を使ったスフィアの演出を観たかったのだ。

 あまりにも悔しかったので、翌日の最終公演にも出かけた。今度は4階席にしたので、ようやく全貌を拝めた。ただし4階席は傾斜が急で、立ち上がると命の危険を感じるレベル。ライブだというのに、誰もが自主的に着席していた。

 通常公演の「ポストカード・フロム・アース」というデモ映像も観てきた。2泊3日の滞在で3回も訪問したという意味で、スフィア・マスターを名乗ってもいいだろうか。

 マスターから言わせてもらうと、発展途上の施設だった。U2のライブで、スフィア全体を使った演出はわずか数曲ほど。デモ映像はプラネタリウムと大差がない。解像度は高く、映像が立体的に見える瞬間もあったが、それって要は現実と同じということなので驚きはない。退屈のあまり途中で寝てしまった。

 スフィアが新しい施設であることは確かだが、まだその使い道は誰も思い付いていないようだ。大阪万博でこれだけもめる国の住人としては、民間企業がスフィアのような施設を造ってしまうのはさすがだとは思う。ちなみにすでに巨額の営業損失を出していて、CFO(最高財務責任者)の更迭騒動などもあった。

 印象に残ったのは、スフィアの帰り道、道路を渡ろうとした時だ。黄色のベストを着たスタッフが、手に「STOP」というボードを持ちながら、必死に交通整理をしているのである。

 3000億円以上かかった最新施設の足元で、いまだに人間が車にひかれそうになりながら、肉体労働をしているのだ。スフィア内に展示してあった人型ロボットは、交通整理とかはしてくれないのだろうか。資本主義の国アメリカでは、もはやロボットの方が人命よりも高価なのかもしれない。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2024年4月11日号掲載

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