プロ野球開幕戦「西武対近鉄」 逆転満塁サヨナラ本塁打が生まれた激闘…テレビ中継は終了直前で“まさかの打ち切り”

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「わからないもんや。だから、野球は面白い」

「ゲッツーだけは食わないように、とにかく後ろの人につなごうと、それだけを考えていた」とバットを短く持って打席に入った伊東は、4球ファウルで粘るうち、次第にタイミングが合ってきた。そして、カウント2‐2から8球目、甘く入ってきた高めのスライダーを見逃さずに振り抜いた。

 伊東自身は「芯でとらえた」と確信したが、三塁側近鉄ベンチからは平凡な左飛に見え、「よっしゃ!」の声が上がる。だが、高々と上がった打球は、フェンス際の中根仁をあざ笑うかのようにその頭上を越え、開幕戦史上初の逆転満塁サヨナラ本塁打となってスタンドに吸い込まれていった。バンザイしながらダイヤモンドを1周する伊東。これが通算1000本目の安打でもあった。

 信じられないような劇的勝利に、森監督も「わからないもんや。だから、野球は面白い」と喜びの声を上げた。

 一方、ベンチで悪夢のような敗戦を見届けた野茂は、交代についての質問に「……」と無言を貫く。同年限りで近鉄を退団し、メジャー移籍を強行したのも、開幕戦での途中交代劇が一因となったといわれている。

「開幕戦で1年分の仕事をしたな」

 この日は、テレビ朝日が中継を行っていたが、最大延長は15時55分まで。皮肉にも満塁で伊東が打席に入るところで、放映が打ち切られた。

 当時、筆者が所属していた雑誌の編集部では、10人以上が中継に見入っていたが、最大のハイライト場面でCMに切り替わると、「何だ、いいところで」と全員が不満をあらわにした。

 さらに放映終了からわずか数分後、伊東の逆転満塁サヨナラ弾で西武勝利の速報テロップが流れたため、「最後まで見せろよ」とブーイングの嵐が起きたのは言うまでもない。

 その後、筆者は伊東が現役を引退した2003年シーズンオフに「最も印象に残る現役時代の思い出」というテーマで取材する機会に恵まれた。

開口一番「ファンにとっては、94年開幕戦の逆転満塁サヨナラホームランが最も印象深いのですが」と水を向けると、「やっぱり、僕自身もあの試合が一番印象に残っています」という答えが返ってきた。

「逆転満塁サヨナラなんて、なかなか打てるもんじゃないし、これぞ野球の醍醐味ですよね。野球選手やってて本当に良かったと思いました」と9年前を振り返った伊東は「あの年はウチが優勝したから、“開幕戦で1年分の仕事をしたな”と冷やかされました」と苦笑まじりに付け加えた。

 開幕戦は長いシーズンの中の1試合に過ぎないが、時にはペナントの行方を左右する要因となり得るビッグゲームも存在することを痛感させられた。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。

デイリー新潮編集部

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