阿部慎之助にサヨナラ満塁本塁打を、古田敦也監督は激怒…元ヤクルト捕手が語る、初めてプロの厳しさを知った瞬間

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宮本慎也からの救いの言葉、「困ったときはオレを見ろ」

「確かにチャンスではあったんですけど、二番手候補の筆頭は肩が強い米野さんでした。古田さんが、米野さんに期待しているのが伝わってきましたけど、僕は足に自信もあったので代走でもいいから、何が何でも一軍に残ることを目指していました」

 川本のひたむきな努力は報われた。二軍で正捕手の座をつかむと、チャンスをもらった米野がなかなか結果を残すことができない中で、少しずつ川本の一軍出場機会も増えていく。

「最初、“米野さんをメインで起用する”となったときも、気持ちは折れなかったし、“負けないぞ”という思いはずっと持っていました。プロ3年目となる07年7月に初めて一軍でスタメンマスクをかぶりました。古田監督自ら登録抹消して、僕を一軍に上げてくれて、即先発起用でした。あのときは本当に緊張しました……」

 この日、川本はベテラン・宮本慎也から、こんなアドバイスをもらっている。

「試合前に緊張していたら、こう言われました。“緊張するなと言っても絶対に無理だろう。もしも、いっぱいいっぱいになってしまったら、オレを見ろ。何かあったら、ショートに打たせろ”って。この言葉に、本当に勇気づけられました」

 ベンチでは古田監督が、グラウンドでは宮本が見守る中、川本はこの試合で、打ってはプロ初安打初ホームランを放ち、守っても先発の館山昌平を見事にリードして完封でチームに勝利をもたらした。文句のつけようのないデビューだった。

「二軍で頑張ってきたことが、そのまま一軍でも出せたので、“これで一軍でも通用するのかな?”と思いました。でも、その約1カ月後、8月19日のジャイアンツ戦で、古田さんに厳しく叱られました」

 すでに17年が経過しているにもかかわらず、川本は今でも「その日」を記憶していた。「8月19日」に、一体、何が起こったのか?

「この日、8回までは完璧に抑えていて3対2でリードしていました。9回に抑えの館山さんに交代して、逃げ切りを図ったけど、先頭の小笠原(道大)さんにホームランを打たれて、まず同点になってしまいました。そこから延長10回は満塁になって、一打サヨナラ負けの大ピンチを作ってしまいました」

 打席に入ったのは、ジャイアンツの主砲・阿部慎之助だった。

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