「米国が沖縄を返還すれば、ソ連も…」 英国公文書館に眠る文書から読み解く「北方領土問題」の意外な解決策

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ソ連崩壊後の宮澤総理攻勢

 かなり失望する結果だが、現在では希望が持てる結果であるともいえる。なぜなら、その後アメリカは沖縄ほか信託統治していた日本の領土を返還したからだ。ロシアはだいぶ前から、これに見合う、北方領土返還に関する動きを起こさなければならない状況に置かれていた。これまでの対日政策を大転換する可能性があった。

 今ならば、日本の北方領土に関する要求をイギリスは支持せざるを得ないだろう。その際に非自治地域としてロシアから切り離されるべきは、北方4島だけではなく、ソ連の一方的侵略によって不当に奪われた南樺太と千島である。

 これが可能になれば、住民投票によってこの地域の帰属を決めることになるだろう。もちろん、それは強制的に退去させられた南樺太と千島の元住民およびその子孫に対して行われなければならない。

 この後日本が北方領土について大攻勢に出るのは、ソ連崩壊後の1992年のことだ。その詳細は同年3月13日以降作成された「日本/ロシア 北方領土(Northern Territories)」という一連の文書として残されている。

 これらの文書によれば、当時の宮澤喜一総理は執拗(しつよう)にロシア大統領ボリス・エリツィンに領土問題についての話し合いを求めている。そして、イギリスにもロシアとこの問題を話す「多国間協議」の場に加わるようこれもまた繰り返し要請している。

 これに対してイギリスは、「私たちの見解は、北方領土問題に関する多国間協議に加わるべきではない。それは最終的には2国間協議になるからだ。これまで通り、第三者として支援し続けるべきである」という方針をとった。

 こう対応しつつも、イギリスは極東密約をまだ議会で破棄していないことを気にしていた。

北方領土問題を再び国連に持ち込む好機

 その代わり、世界有数のインテリジェンス機関を使ってエリツィンのこの問題に対する意向を探り、その情報を逐一日本側に与えていた。

 それはこのような趣旨のものだった。「エリツィン自身は交渉することに前向きだが、彼の周辺のナショナリストが北方領土を絶対渡さないと反対している。その圧力は極めて強いので、無理に進めようとしても無駄だろう。余り圧力をかけ過ぎて、彼の権力を弱めることになれば、元も子もなくなる。したがって今は経済援助を行って、好意をつなぎとめるだけにとどめたほうがいいだろう」

 結局、宮澤総理はこの助言に従った。

 だが、周知のように、その後ロシアは、領土拡大を目指すウラディーミル・プーチンが政権の座につき、北方領土返還は遠ざかってしまった。

 現在、ウクライナ侵略でロシアに非難が集まり、領土についての関心が高まっている。これは北方領土問題を再び国連に持ち込む好機ではないか。また、なんらかの有利な決議を引き出せるのではないか。

「南樺太、千島」文書は、その際、これらを非自治地域にしてロシアから切り離し、そののち住民投票によって帰属を決めるという道があることを示している。

有馬哲夫(ありまてつお)
早稲田大学教授。1953年生まれ。早稲田大学卒。東北大学大学院文学研究科博士課程単位取得。メリーランド大学、オックスフォード大学などで客員教授を歴任。著書に『歴史問題の正解』『NHK受信料の研究』など。

週刊新潮 2024年3月7日号掲載

特別読物「『イギリス公文書館』文書から読み解く 『北方領土』第三の選択肢」より

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