7カ月以上放置! 日本政府はなぜ中国の「不法ブイ」を撤去しないのか 「潜水艦運用に利用される」

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計り知れない戦略的ダメージ

 話を元に戻すと、不幸にして米中が対決する局面を迎えた場合、中国は第1列島線内に米国の艦隊等を絶対に侵入させないことが至上命題となる。一方で人民解放軍の海軍艦艇を、南西諸島を越えて太平洋に自由に出入りさせたいはずだ。それには東シナ海から太平洋にかけての海域の詳細なデータが必要で、前述の通り、とりわけ潜水艦の運用には不可欠である。

 潜航中の潜水艦を探知するには、AIなどの科学技術が発達した今日でも、結局は音波に頼らざるを得ない。海中での音の伝わり方は、潮流や塩分濃度、水温、海底地形などさまざまな要因によって影響を受ける。厄介なことに、海の特性は季節によっても変化する。つまり、海洋データは長期にわたる蓄積が極めて重要なのだ。こうした情報は敵の潜水艦を探知するのに必要なだけでなく、敵から探知されないためにも欠かせない。

 日米安全保障条約の存在を持ち出すまでもなく、米中対立の狭間にあって日本の立ち位置は米国側にある。冷戦時代の米ソ対立の最前線は西ドイツだった。時を経て、米中対立の時代には、日本が米国側から見た最前線だ。だからこそ中国によるブイの設置は決して一過性のものではなく、今後も繰り返されるとみて厳正に対処しなければならない。

 今年1月29日にも、尖閣諸島から北に約170キロのEEZ内で中国製とみられる別のブイが発見されている(すでに沈んだと推定)。ブイは船舶の安全な航行に影響を与えるが、目に見えるダメージがないせいか、日本政府は中国との関係を考慮して撤去に踏み切れずにいるようだ。しかし、中長期的にはわが国の戦略的ダメージは計り知れない。

 私たち日本人は、あれこれ理屈をこねて中国の無法を放置することは中国に塩を送り続けるのと同じであることを、改めて認識しなければならない。

河野克俊(かわのかつとし)
元統合幕僚長。1954年、北海道生まれ。防衛大学校を卒業後、77年に海上自衛隊入隊。第3護衛隊群司令、護衛艦隊司令官、統合幕僚副長、自衛艦隊司令官、海上幕僚長を経て、2014年に統合幕僚長に就任。著書に『統合幕僚長』ほか。

週刊新潮 2024年2月29日号掲載

特別読物「尖閣地域に“直径10メートル”を固定 日本政府は中国の不法『ブイ』をなぜ撤去しないのか」より

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