巨人キャンプ 第1クール終了で思うこと 阿部監督があおる“外野戦争”はどうなる?【柴田勲のコラム】

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キャンプが始まった

 球春到来である。プロ野球の春季キャンプが宮崎・沖縄で始まった。球春、季語にもなっているが、いい響きだ。気持ちがワクワクしてくる。

 阿部慎之助新監督率いる巨人も4年ぶりのリーグ優勝、2012年以来となる日本一奪回を目指して宮崎で始動した。

 1日から4日の第1クールは雨にたたられたが、巨人ナインは精力的に動いていた。キャンプ初日から投手はブルペンに入るし、野手もフリー打撃を行っている。

 私が巨人に入った頃は雨が降ると「きょうは練習が休みだ」と喜んだものだ。当時は室内練習場なんてなかった。いまは施設が充実している。雨でもどうってことない。

 巨人のV9は65年から73年にかけてで、半世紀前のことだ。現在のキャンプの様子を見ているとまさに「隔世の感」がする。

報道陣もコーチも増えた

 私のプロ1年目は62年だ。高校の卒業試験があって2月1日のキャンプ・インには間に合わなかった。1週間くらい遅れた。でも30日の午後2時半ごろに、東京駅から寝台特急「高千穂」で宮崎に出発する先輩方にあいさつをして見送った。到着するのは翌31日の午後5時半、長旅だった。

 最近のキャンプは、取材に来る報道陣の数がすごい。新聞、テレビ、週刊誌だけではなく、インターネット系とかさまざまな媒体が取材している。年々、増えているのではないか。ビックリした。

 当時、スポーツ紙の常駐記者は各社1~2人くらいで計10人くらいかな。たまにOBが来た。テレビは日本テレビとNHKくらいなものでノンビリしていた。他球団はもっと少なかったと思う。

 それにコーチ陣の数の多さだ。巨人は1軍から3軍を含めると30人近くいる。他球団もかなりの頭数をそろえている。

 私の時は川上(哲治)監督に別所(毅彦)さんがヘッド兼投手、荒川(博)さんが打撃、牧野(茂)さんが内野守備を担当してコーチ陣は3人、2軍に至っては中尾(碩志)さんが監督でコーチは寮長を兼任していた武宮(敏明)さん1人だった。

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