巨大戦力「ソフトバンク」は、なぜ勝てなかったのか…藤本博史前監督を変えてしまった“深すぎる心の傷”

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「勝って当たり前」

 ソフトバンク・藤本博史前監督は、クライマックス・シリーズのファーストステージ敗退直後の10月16日夜に2023年限りでの退任が決定、球団から即座に正式発表された。

 ただ、優勝こそできなかったとはいえ、就任1年目の2022年は「マジック1」まで持ち込みながら、シーズンの最後の最後で2連敗。オリックスと勝ち星も勝率も全く同じながら、対戦成績で負け越したことで、リーグ規定による「2位」となり、2年目の2023年も、7月に12連敗を喫するなど、リーグ3連覇のオリックスに15.5ゲームの大差をつけられての「3位」。ややネガティブな書き方になったが、2年連続でのAクラス入りという側面から考えれば、決して「続投」の判断が出ても、おかしくはなかった。

 それでも球団は、2年契約の2年目での任期満了、つまり“今季限り”を選択した。2023年から4軍制にまで拡大された育成システムで、支配下・育成を合わせ、開幕時は121人態勢。他球団の2倍の陣容ともいえる巨大戦力で、福岡・筑後には2球場と、最新鋭の設備を誇る24時間使用可能な室内練習場も備えた一大育成施設もある。豊富な資金力の裏付けともいえる巨大な「投資」ゆえに、常に「金満球団」と呼ばれ、周囲からは「勝って当たり前」とばかりに見られてしまう。

 2023年も、開幕前の下馬評は高かった。エース・千賀滉大がメジャー移籍を果たしたものの、野手ではWBC日本代表の近藤健介を日本ハムからのFAで、投手でもメジャーから日本球界へ復帰した元日本ハム・有原航平、昨年途中にロッテへ加入した2019年のメジャーのセーブ王、ロベルト・オスナも獲得。

 エースがいなくなったというマイナス分を補って余りある補強で、主砲・吉田正尚がメジャー移籍、西武からFA移籍した捕手の森友哉が加入したオリックスと比べても、総合力で「上」と見る見方が優勢だった。

 なのに、勝てなかった。

 なぜ、こんなにもたついているんだろう。そう思いながら、ソフトバンクの戦いぶりを見つめていた夏頃のことだった。編成部門の担当者や、球団首脳らと顔を合わせるたび、異口同音にその“苦戦の原因”を聞かされた。

「監督が、目の前の試合をとにかく取りに行ってしまう」

育てながら、勝ち続ける

 もちろん、監督の最優先すべき仕事は、チームを勝利に導くことだ。勝負の世界は、勝てば官軍。勝つことで、1軍監督の評価は決まる。ただ、藤本前監督には球団が描いた“理想の体現者”という期待も大きかった。2011年から「3軍制」を本格採用。育成から千賀滉大、甲斐拓也、牧原大成、周東佑京ら、日本代表にも選出される主力選手たちが生まれ、2011年からの10シーズンで2017年からの4年連続を含み、日本一が7度。育てながら、勝ち続けるという、プロ野球の世界で最も難しいその“両立”を成し遂げてきたのが、ソフトバンクの2010年代でもあった。

 ソフトバンクは「3軍制」を稼働させるにあたって、選手だけでなく、指導者も育成していくという狙いを、そのシステムの中にビルドインさせていた。選手数が増える、スタッフが増える、組織が大きくなる。

 こうなると、昭和のプロ野球のように、カリスマ性を帯びた「全権監督」が一人で現場も編成部門も掌握することなどは不可能だ。監督は、現場だけでなく「組織全体」を知り、各部署を円滑に動かし、その総合力として「勝利」を追い求めていく。そのいわば“統括責任者”が、1軍の監督に当たるのだ。

 その「3軍制」の発足に伴って、かつて前身の南海、ダイエーで主力として活躍した藤本は、指導者として現場復帰していた。辛抱強い指導ぶりで、柳田悠岐を育て上げたコーチとしての手腕、さらには1軍打撃コーチから3軍監督、2軍監督と、すべてのカテゴリーで、指導者としてのキャリアを積み上げ、1軍監督昇格までにソフトバンクで11年間の指導者経験も積んだ。

 だからこそ、藤本にはその組織やシステムをフル活用し、巨大戦力を存分に使いこなすことが求められ、それができるだけの経験を積んだと判断されたからこそ、1軍監督に昇格したのだ。

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