「ハロウィンで渋谷に来ないで」渋谷区長の“まるで独裁者”な発言 ハロウィン歓迎派だった彼に何が起きた?(古市憲寿)

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 自粛要請。コロナ時代の3年間に何度この言葉を聞いただろう。この国の政治家たちは、馬鹿の一つ覚えのように「自粛」という言葉を使った。外出自粛、営業自粛といった具合だ。

 自粛要請というのは、非常に姑息な政策だった。実は政府や各都道府県は、新型コロナ流行前からパンデミックに備えて行動計画なるものを策定していた。東京都でいえば、何と都民の30%が罹患する感染症を想定し、病床数を計算していたのだ。また感染症流行時には、国民の自由と権利に制限をかける期間は最小限にして、すぐに病床確保をすると約束していた。

 全部うそだったわけだが(ちなみにその時から有識者会議のトップは尾身茂さんだった)、その乗り切り方がひどかった。大した法律も作らず、「自粛要請」という空気の力で感染症の流行を止めようとしたのだ。

 思い出しても馬鹿らしいが、東京都は百貨店に依頼してラグジュアリーブランドの売り場を休業させている。重大な営業権の侵害のはずだが、それがコロナの感染拡大防止にどれだけ効果があったのか、未だに検証された様子がない。

 さて、コロナ時代が終わり、さすがに自粛とか馬鹿なことを言い出す政治家などいないと思ったら、いた。渋谷区長の長谷部健さんだ。区のウェブサイトには「来街自粛のお願い」という訳のわからない要請が掲載されていた。

 街に来るのをやめてほしいとはよっぽどのことである。渋谷事変が始まり、街に帳(とばり)が下ろされたのかと思ったら、ただのハロウィンだった。取材でも「ハロウィン期間に渋谷に来ないでほしい」「海外客も渋谷への来訪は考え直してほしい」といった発言があった。

 区長ごときが渋谷に訪問する目的を制限しようなんて、独裁国家のトップもびっくりだ。しかも、かつて区長は公約に「エンターテイメントシティ・シブヤ」を掲げ、ナイトタイムエコノミー構想に対しても「渋谷は真っ先に手を挙げたい」と張り切っていた。

 確かに渋谷ハロウィンでは事件も起こっている。2018年には軽トラックが横転させられ、複数の若者が器物損壊容疑で逮捕された。だが翌年の2019年になっても、区長は渋谷ハロウィンを盛り上げていきたいと語っていた。そもそも区長は2015年の当選以来、宮下公園に更衣室やメイク用のテントを設置するなどハロウィン歓迎派だった。

 それが2023年になっての来街自粛要請である。梨泰院での事故の影響もあるのだろう。だがそれなら梨泰院の事故現場と、渋谷の街を比較しながら、具体的にどの場所がどう危険かを明示すべきだ。それをせずに来街自粛というのは、あまりにも大雑把で、政治家として楽をしすぎている。

 一体、長谷部区長に何があったのだろうか。彼だけがつかんだ大きな秘密でもあるのかもしれない。もしも特級呪霊がゴロゴロ集まっているなら、渋谷になど行かない方が安全だ(『呪術廻戦』10巻参照)。それなら区長は英雄です。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2023年11月16日号掲載

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