人生で初めて骨を折って気付いた「骨折のいいところ」 片腕の骨折で人生はどう変わるのか(中川淳一郎)

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 この原稿は病室から書いています。生まれて初めての入院と手術です。左の上腕骨骨幹部骨折ってヤツで、見事に骨が斜めに切断。腕全体に全く力が入らずダラーンとして、痛い。指と手の甲の動きは問題ない、という状況です。利き腕は無事だったのがせめてもの救いです。

 さて、本稿では腕を骨折した場合の人生の変化について書いてみます。小学生時代、骨折したヤツは毎度松葉づえを持つか、ギプスと三角巾を誇らしげに装着し、骨折のつらさを語る。「よく耐えたな~」「よく学校来られたな~」なんて賞賛されたものです。「小学生の時は足の速い男子がモテた」という説が支配的ですが、それを上回るモテ男子は骨折経験者だったのでは、と今になって思います。

 骨折の良いところは(ってヘンな言い方ですが)、明らかに体調異常であることが可視化される点。高熱で早退したくても「お前、元気そうじゃないか。働け!」と言われるし、うつ病など精神の病でも「気合入れれば働けるだろ!」なんて言われてしまう。本人のつらさが他人に伝わりにくい不調が多い中、骨折はバッチリ伝わる。うつ病発症後に自殺した知人は生前「つらさを理解してもらえないから、ますますキツい」と言ってました。

 さて、片腕の骨折で人生はどう変わるか。

【できなくなること】包丁を使った料理/キーボード両手打ち/土木作業(地方では何かとスコップを使う)/寝っ転がりながら読書

【困難になること】トイレ/着替え/風呂/蛇口から水を飲むこと(できなくはないが、腰を曲げると腕が痛い!)/PC操作/立ち上がる/ベッドから出る/ふた・袋開け/茶碗で白米を食べる/ファスナーの開閉/洗濯/ゴミ袋を結ぶ/モノを持っている時にドアを開ける

 これらが代表的ですが、これまで当たり前のようにできていたことの40%しかできなくなります。普段、「やっぱ体が資本だよねー」と言いがちですが、今回それを思い知りました。以前、乙武洋匡さんと京都旅行に行った時、いかに自分がラクな人生を送り、そして社会が身障者に冷淡であるかを知りました。今回の骨折も今後の思考に影響を与えることでしょう。

 しかし、有難いのが地元の人々の反応です。腕を吊っている私を見て最初はギョッとして「どげんしたとですか!」なんて言うものの、数秒でニヤニヤし出す。分かってるんですよ。どうせ私が酔っ払ってコケて折ったとみているんでしょ? その通りです。狭い街なので私の骨折情報は一気に広がり、「いつかやると思ってた(笑)」なんて言われる始末。まぁ、内臓の重篤な病気や脊髄損傷であれば笑えないので骨折でよかったです。

 入院すると同室の高齢者らが「ワシは明日警察行くばい」「殺人でもしたと?」「猟銃の免許の更新じゃ」「アナグマはウマいな」なんて会話をしている。夜の間中ずっと「痛い痛い!」という呻き声が聞こえ、廊下からは謎の老婆による「誰か来てください~、助けてくださ~い、お願いします~」という叫び声が聞こえる。

 50歳にもなって新しいことを体験しまくったこの2週間でした。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2023年11月9日号掲載

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