“望月衣塑子記者”を容認する「東京新聞」の社風…コラム連載中の「ネットニュース編集者」が見た実態とは

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ファンだけでなくアンチも

 望月氏は菅氏の会見の頃も、内閣官邸記者クラブ所属の記者から疎まれているといった報道があったほか、「質問というより主張・糾弾をする」「事実誤認を基に発言している」などの評価もあった。2017年11月、加計学園の獣医学部新設計画の認可決定前の産経新聞では、以下のようなやりとりが紹介された。

望月氏:「認可を受け、政権として、加計学園の加計孝太郎理事長にしっかりと説明責任を果たしていただきたいというお考えが…」

菅氏:「認可、下りたんでしょうか。まだ下りてないと思います」

 このように、脇の甘い点もあるが、東京新聞(中日新聞東京本社)は望月氏の自由な言動を容認することに加え、むしろ重宝しているのでは、とも思う。

 というのも、同社が行ったオンラインセミナーの目玉講師を務めさせたりもするのだ。私は以前、このセミナーの担当者から「今回、望月が出るので注目されるでしょうから、ぜひあなたのメディアで告知記事を出していただけませんか?」といわれたことがある。確かに時流に乗ったテーマだったし、我々からしても記事の見出しに「望月衣塑子記者」や「東京新聞望月記者」の文字が入れば、支持者・ファンだけでなくアンチも両方が読んでくれPVが稼げると思い、このセミナーの告知記事を掲載した。

個々の記者の主張を尊重

 批判に対しては「まぁ…、個人の自由ですし、言っても聞きませんからね(苦笑)」と答えればいいし、会社として利用できるところはすればいいと考えているのでは。それが同社の社風(東京新聞=中日新聞東京本社)なのではなかろうか。あくまでも私の肌感覚だが。

 望月氏以外でも、昔からテレビや雑誌で保守派論客の「東京新聞論説副主幹・長谷川幸洋氏」の名前は見ていた。長谷川氏は様々な紙メディアに連載を持ち、番組の司会さえするほどだった。リベラル派の新聞である東京新聞にありながら保守系の論調で「珍しい記者もいるもんだ」と思っていた。

 社会で目立ちまくっている長谷川氏のことを私が社員に振ると、「あぁ~コーヨーね」と苦笑いする人もいた。「コーヨー」とは、幸洋(ゆきひろ)にちなんだ愛称なのか揶揄なのかよくわからない呼び方である。東京新聞全体としての論調と違う発言をすることに対する読者からのクレームがあるのか、はたまた煙たく思う人もいるのか…、目立っているのが羨ましいのか…、そこは「コーヨー」からは読み解けなかった。

 他にも中東の専門家として第12回開高健ノンフィクション賞を受賞した田原牧論説委員兼編集委員はトランスジェンダーを公表し、マイノリティ・マジョリティについて深い論評を行う。また、ヘイトスピーチ問題に実名で取り組む記者もいる。私はこの二人にコラムの編集をしてもらった(今は異動しているが)が、常に丁寧な仕事ぶりで、同じモノカキとして勉強になること多々だった。かくして東京新聞は、社風として社員を自由にさせ、批判精神を持たせながら、個々の記者の主張を尊重しているのだと感じる。

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