八冠達成の藤井聡太 「立会人が話しかけたのに…」感想戦終盤で見せた驚きの姿

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 10月11日、京都府京都市のウェスティン都ホテルで行われた王座戦五番勝負(主催・日本経済新聞社)の第4局で、挑戦者の藤井聡太七冠(21)が永瀬拓矢王座(31)に勝利した。これで藤井は対戦成績を苦3勝1敗とし、唯一残っていた王座のタイトルを奪取。羽生善治九段(53)の七冠独占を上回る史上初の八冠に輝いた。その裏にあったドラマとは。【粟野仁雄/ジャーナリスト】

まさかの逆転劇

 やはり藤井聡太は「持ってる男」だった。

 羽生九段は藤井を祝福するコメントの中で、偉業を達成した要素として「継続した努力、卓越したセンス、モチベーション、体力」、そして最後に「時の運」を挙げた。藤井本人も快挙達成の翌朝の会見で「幸運だったのかなと思っています。運というのはやはり、どちらに出ることもあるので」と吐露した。その運とは何だろうか。

 会場に昼過ぎに到着し、記者控室に入ってABEMAの中継を見てまず驚いた。各5時間の持ち時間うち、藤井の残り時間はすでに1時間半ほどになっており、永瀬は4時間半ほど残している。早々の3時間もの大差に「いくら藤井でも終盤は大丈夫なのか」と思った。その頃、AI(人工知能)の評価値は永瀬が少し優勢になっていた。

 先手は永瀬、居飛車同士で早々に角を交換した。桂馬を跳ねるなどの事前研究がはまったのか、驚くような永瀬の早指しに藤井は長考した。永瀬も中盤からは一手2時間の大長考などで持ち時間を消費し、時間差が縮まる。

 AIの評価も五分五分になったり、永瀬の7割優勢になったりの終盤。午後9時前、藤井が「5五」に銀を打つと、AI評価で永瀬勝利の確率が99%に上がる。もう藤井の投了を待つばかりかと思われ、記者控室に待機する報道陣を日本将棋連盟の広報担当者が迎えに来た。一行が対局室へとぞろぞろと歩きかけた瞬間だった。

「えーっ」「ウソやろ」「そんなアホな」の叫び声が背中から飛んだ。見れば永瀬勝利の確率が1%になっているではないか。わけもわからずスマホを見ながら対局室に着く直前、永瀬が投了した。運命の123手目。「5三馬」が失着となった。

明らかな失着

 永瀬は「エアポケットに入ってしまった」と悔いたが、エアポケットという言葉は最近も聞いたばかりだ。永瀬は第3局でも土壇場の悪手で勝利を逸している。ここまで王座4連覇。5連覇達成で獲得できた3人目となる「名誉王座」を逸した。通算10期の条件もあるが、これから6回も獲得しなくてはならない。

 加藤一二三九段(83)は角交換から急戦を仕掛けた永瀬の将棋を評価しながらも、《先手5三馬の局面は、先手4二金で必勝でした。駒台に持ち駒はいっぱいありましたし、よく確認して指してほしかったです。奨励会初段でもできる決め手でしたから》(日刊スポーツ10月12日「ひふみんEYE」)と、少し手厳しく指摘していた。ひふみんも残念がるトッププロらしからぬ明らかな失着だった。

 永瀬は「5四」にあった馬を突き進めて王手をしたが、それでは攻め駒が足りず、藤井の王は逃げおおせてしまう。それは奨励会初段の腕前にも至らない筆者でもわかる。

 土壇場で秒読みに追われて、慌てたのか、焦ったのか。盤上ばかりを見てしまい、金や飛車、桂馬などがあった駒台に頭や目がいかなかったのかもしれない。どんなに優勢でも一手のミスで逆転する将棋の怖さ。そして、永瀬には申しわけないが、人間同士だからこその将棋の魅力でもある。AI将棋ならあり得ない。

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