遺言が無効になるケースは? 成年後見の落とし穴とは? 父が認知症だった弁護士が語る注意点

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両親が加害者・被害者の関係になる悲劇

 父は晩年の5年半あまりを精神科病院で過ごしましたが、それまでの3年近くは、母の希望もあり在宅介護で生活していました。入院させることになったのは、父の症状が進行し、母に暴力をふるうようになったからです。

 私は実家から離れて住んでいましたし、一人っ子だったため他に子どももいません。「父と母がぶつかるようなことがあればすぐに父を施設に入れる」と、在宅介護を選択した際から固く決めていました。仕事で「認知症の疑いがある高齢者が自宅で暴れ、抵抗した配偶者がその高齢者を誤って死なせてしまった」という事件を担当したことがあります。自らの両親が加害者・被害者の関係になるのは子どもにとって悲劇以外の何物でもありません。

 母は、父が入院した後も、19年11月に金婚式を迎えることを楽しみに、毎日のように病院に見舞いに訪れていました。残念ながら、その願いかなわず、前年の12月に父は永眠しました。

認知症の本質

 有吉佐和子の『恍惚の人』の中で、とても印象に残っているシーンがあります。雨の中、傘もささずに歩く認知症の主人公が、道端で咲く泰山木の白い花を見て立ち止まる。介護に振り回されていた家族はこの老父の姿を見て「この美しさに心を奪われた認知症患者は確かに生きている」と思い至るのです。

 私はこのシーンが認知症の本質を表しているように思います。生前、父はシクラメンが好きだった、と母から聞きました。そのシクラメンは今でも実家のベランダで生きています。認知症が進行して自分で言葉を発することができなくなっても、感情や記憶が全て失われるわけではありません。父は父なのです。

 父は亡くなる直前、顔つきが幼少期の私に瓜二つの孫を見て、おえつにも似た声で泣き始めたことがありました。目の前にいる私のことは認識できなくとも、記憶の中には幼少期の私の姿が残っていたのでしょう。

 認知症になったからといって人間でなくなるわけではありません。まずは自らの身辺に気を配ってみる。そんなところから「認知症の練習」を始めてみてはいかがでしょうか。

浅井勇希(あさいゆうき)
弁護士。1979年生まれ。愛知県名古屋市出身。2006年に司法試験に合格し、勤務弁護士を経て13年に独立。滋賀県草津市に「草津ゆうひ法律事務所」を開所。福知山市造成地水害訴訟などを担当し、現在に至る。20年、前頭側頭型認知症と診断された父との8年間を記した『言葉を忘れた父の「ありがとう」』を上梓した。

週刊新潮 2023年9月7日号掲載

特別読物「『認知症』の練習帳 正しい知識で備えたい『成年後見』『遺言』『徘徊』トラブル」より

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