【体長1mの寄生虫】宿主を“悲惨な末路”へと導く戦慄の方法とは 「自由研究のテーマ」にも役立つ、身近な生物の知られざる生態

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泳げないカマキリに寄生し、悲惨な末路を迎えさせる戦慄の寄生虫とは

 みなさんは“ハリガネムシ”という生物をご存知だろうか。見た目はまさに針金のような生物なのだが、カマキリに寄生しているため幼い頃などに実物を偶然見ている人は多いかもしれない。

 春から夏によく目にするようになるカマキリは、昆虫好きでなくても、子供の頃にいちどは背中をつまんでつかまえたことがあるのでは?

 鎌を構えて静かにたたずんでいるから、つかまえるのは比較的簡単。つかまえて見れば、小さな頭に比べて大きな目、のこぎり状の鎌、ふっくらした下半身は解放すると見事に飛び立つ羽を格納している……。

 そんな観察をしたことがある方のなかには、カマキリのおしりから「何かニュルニュル出ている」様子を見たことがある人もいるのでは?

 あれこそがハリガネムシ。カマキリのウ○コだと思ったそこのあなたに、『えげつない! 寄生生物』(成田聡子・著/新潮社)からまずはハリガネムシについて、同書をもとに「カマキリに寄生して、最終的に悲惨な末路へと導くハリガネムシ」の驚愕の生態をひもといてみよう。

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ハリガネムシって針金みたいな虫?

 ハリガネムシ(針金虫)とは類線形動物門ハリガネムシ綱(線形虫綱)ハリガネムシ目に属する生物の総称です。世界には2000種以上いるといわれており、日本では14種が記載されています。

 種類によっては体長数センチから1メートルに達し、表面はクチクラという丈夫な膜で覆われているため乾燥すると針金のように硬くなることからこの「針金虫」という名前がつきました。実際にハリガネムシの動画などを見るとわかりますが、ミミズのようにうねうねとした柔らかい動きはせず、もがいて、のたうち回るような特徴的な動き方をします。

 では、ごく単純な形状のハリガネムシがどのようにしてカマキリなどの昆虫の体内に入り、自分の何倍もの大きさの昆虫を操って入水させるのか、その生涯を少し覗いてみましょう。

ハリガネムシの赤ちゃん誕生

 まず、ハリガネムシが卵を産むところを見ていきます。単純な形状のハリガネムシですが、オスとメスがあり、やはり交尾なくしては産卵できません。交尾は水中でおこなわれます。

 広い川などで、この小さな体のオスとメスが出会う確率は奇跡に近いようにも感じますが、オスとメスが水の中でどのように相手を捜し当てるかは今のところわかっていません。それでも水の中でどうにか交尾相手を探し出します。そして、オスとメスが出会うと、お互いに巻き付き合って、メスは精子を受け取り、受精します。そのあと、卵の塊を大量に水中に産みます。

 その卵は、川の中で1、2カ月かけて細胞分裂を繰り返し、卵の中で小さなイモムシのようになります。そして、卵から出てきたハリガネムシの赤ちゃん(幼生)は、川底で「あること」が起きるのをじっと待っています。何を待っているのでしょう。驚きですが、自分が食べられるのを待っています。カゲロウやユスリカなどの水生昆虫は子どものうちは川の中で生活し、川の有機物を濾(こ)してエサにしています。そういった昆虫に、運よく食べられるのを待っているのです。

 食べられたハリガネムシの赤ちゃんは、ただエサとして消化されるわけにはいきません。この小さな小さなハリガネムシの赤ちゃんは「武器」を持っています。ノコギリのような、まさに、武器と呼ぶにふさわしいものが体の先端に付いており、しかも、それを出したり引っ込めたりすることができます。

 食べられたハリガネムシの赤ちゃんは、このノコギリを使って水生昆虫の腸管を掘るように進みます。そして、腹の中でちょうどよい場所を見つけると、「シスト」に変身します。

「シスト」とはハリガネムシの休眠最強モードです。イモムシのようだった体を折りたたんで、殻を作り、休眠した状態です。この状態だと、マイナス30℃の極寒でも凍らず、生きることができます。この状態で次は、川から陸に上がる機会を待っているのです。

川での生活から陸の生活へ

 川の中で生活していたカゲロウやユスリカですが、成虫になると羽を持ちます。そして、川から脱出し、陸上生活を始めます。そのお腹の中には、眠っているハリガネムシの赤ちゃんがいます。

 やがて陸上で生活するより大きなカマキリなどの肉食の昆虫が、ハリガネムシの赤ちゃんがお腹の中にいるカゲロウやユスリカを食べます。

 こうしてカマキリの体内に入ったハリガネムシの赤ちゃんは目を覚まし、カマキリの消化管に入り込み、栄養を吸収して数センチから1メートルに大きく、長く成長します。カマキリのお腹の中のハリガネムシはもう小さな赤ちゃんではなく、見た目は立派な針金です。繁殖能力も持つようになります。そうなってしまうと、ハリガネムシはウズウズし始めます。なぜウズウズするのでしょう。人間も同じかもしれませんが、子どもから大人になると異性の相手を見つけたくなるのです。

 しかし、少し前に述べましたが、ハリガネムシの交尾は川の中でしかおこなうことができません。つまり、せっかく、陸にあがったにもかかわらず、結婚相手を見つけるにはもう一度川に戻る必要があります。

 そのために、本来、陸でしか生活しない宿主昆虫をマインドコントロールして川に向かわせるのです。

 〈こうしてハリガネムシに寄生されたカマキリは、哀れ、自ら水の中に身を投げる行動にでる。でもなぜ? どうやって?〉

研究の結果、寄生虫が宿主を操る方法が判明

 ハリガネムシが宿主昆虫を水に向かわせることは、かなり昔からわかっていました。しかし、どんな方法で宿主の行動を操っているのかは謎でした。いまだにそのほとんどは謎ですが、2002年にフランスの研究チームがその方法の一部を明らかにすることに成功しました。

 その研究ではY字で分岐する道を作り、出口に水を置いてある道と、出口に水がない道の枝分かれを作っておきます。その道をハリガネムシに寄生されたコオロギと、寄生されていないコオロギを歩かせます。

 そうすると、寄生されているコオロギも、寄生されていないコオロギも、水のある方にもない方にも半々に行きます。つまり、寄生されているからと言って水に向かう性質があるわけではないのです。

 しかし、たまたま水がある出口に出てきたところで行動が変化します。寄生されていないコオロギは水がある出口に出たとしても泳げないため、飛び込んだりはせず、ここで止まります。しかし、ハリガネムシに寄生されているコオロギは、水を見るや否やほぼ100パーセント水に飛び込んでしまいます。

 この結果を見た研究者たちは、出口に置かれた水のキラキラした反射にコオロギが反応しているのではないかと予測します。そこで、次に、水は置かずに、単純に光に反応するかという実験もおこなっています。その結果、寄生されたコオロギはその光に反応する行動がみられました。

 また、2005年に同じ研究チームはコオロギの脳で発現しているタンパク質を調べています。ハリガネムシに寄生されている個体、寄生されていない個体、寄生されているけれどもまだ行動操作を受けていない個体、寄生されておしりからハリガネムシを出した後の個体などの脳内のタンパク質を比較しました。

 その結果、まさにハリガネムシから行動操作を受けているコオロギの脳内でだけ、特別に発現しているタンパク質がいくつか見つかりました。それらのタンパク質は、神経の異常発達、場所認識、光応答にかかわる行動などに関係したりするタンパク質と似ていました。

 さらに、それらの寄生されたコオロギの脳内にはハリガネムシが作ったと思われるタンパク質まで含まれていたのです。お腹の中にいる寄生者が脳内の物質まで作り出し、操っていたという驚きの結果です。

 これらの研究から、ハリガネムシは寄生したコオロギの神経発達を混乱させ、光への反応を異常にし、キラキラとした水辺に近づいたら飛び込むように操っているのではないかと考えられています。

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 長い夏休み、子どもだけでなく親も頭を悩ませてしまいがちな自由研究だが、知られざる生態に触れることで「もっと知りたい」という気持ちが引き出され、身近な生き物からでもテーマが見つかるかもしれない。

『えげつない! 寄生生物』では、ほかにも犬や猫などの身近な動物に寄生する生き物が紹介されている。猫に感染(寄生)するトキソプラズマは宿主の性格さえ変えてしまうこと、嫌がるワンちゃんに毎年、予防注射を受けさせる狂犬病が恐ろしいわけ、などご存じだろうか?

 寄生によるマインドコントロールで自然界を生き延びるしたたかな生命について触れることで、生き物観察にちょっと自慢できる一考察をプラスできるかも。

『えげつない! 寄生生物』から一部を引用、再構成。

デイリー新潮編集部

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