新しいテクノロジーで「お金」のサービスを作る――辻 庸介(マネーフォワード代表取締役社長CEO)【佐藤優の頂上対決】

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 個人向け家計簿アプリの利用者は約1430万人。法人向け会計サービスなどを導入した会社は約26万社。ワンルームマンションから始まったフィンテックベンチャーは、約10年で大企業へと成長した。誰でも簡単にアクセスできる「お金のサービス」を追求してきた彼らの次なる挑戦は何か。

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佐藤 マネーフォワードはフィンテックのベンチャー企業として国内で初めて上場し、現在は東証プライム上場企業です。個人向け家計簿アプリや法人向けの会計クラウドサービスなどを展開されていますが、いま利用者数はどのくらいですか。

 個人向け家計簿アプリ「マネーフォワード ME」は約1430万人、法人向けサービス「マネーフォワード クラウド」シリーズは約26万社にご利用いただいています。

佐藤 創業は2012年ですから、わずか10年あまりでここまで大きくされた。まさにベンチャーのサクセスストーリーですね。

 いえいえ、失敗ばかりですよ。『失敗を語ろう。』という本まで書いているくらいです(笑)。

佐藤 東京・高田馬場のワンルームマンションから始まったそうですね。

 はい。10.5坪の部屋で、6人で起業しました。

佐藤 どんなメンバーなのですか。

 僕がアメリカ留学中に知り合った人や、かつて勤めていたソニーやマネックス証券の先輩や同僚などですね。

佐藤 36歳での起業でした。若い頃から起業しようと考えていたのですか。

 起業しようと思ったことは、あまりなかったですね。ただ、大学時代に先輩とまったくゼロから進学塾を作ったことがあるんですね。自分たちでビラを作ってまいて、テキストも手作りで。

佐藤 大学進学の塾ですか。

 はい、京都大学を目指す高校生向けです。実際にこの塾から合格者が出ると、とてもうれしかったんですね。世の中に価値を作っている、という実感がありました。最初にビジネスの面白さを知ったのはこの時です。

佐藤 京都大学農学部のご出身でした。何を学ばれていたのですか。

 バイオです。生物材料化学という分野で、自然の中で生分解するプラスチックを作るといった類いの研究を行っていました。

佐藤 ほとんどの人が大学院に進むような環境ですね。

 そうです。ただ僕はほどなく実験には向いていないと思ったんです。それで塾の起業を手伝いましたし、文系就職をすると決めた後は、1年休学して英語とビジネスを勉強しにアメリカに行きました。

佐藤 最初の就職先にソニーを選ばれたのはどうしてですか。

 グローバルに働きたいという気持ちが強かったんですね。当時、海外で勝てる日本企業はやはり製造業だったので、ソニーかトヨタ自動車かなと(笑)。ソニーの設立趣意書にある創業者井深大氏の「自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」なんて、すごくカッコいいじゃないですか。そのモノづくりや人を個として尊重するところなど、ソニーの文化がすごく好きでした。

佐藤 確かにソニーには独特の文化があります。

 インターネットビジネスをやりたいと思って入ったのですが、配属されたのは経理部でした。内心、やりたくはなかったのですが、他にできることもない。そこで頑張っていたら、たまたまマネックス証券への出向の社内募集があった。マネックス証券は、ソニーと松本大(おおき)さんが共同出資して設立した会社なので、そうした話が来たんですね。

佐藤 マネックス証券を作った松本大氏にはこのコーナーに出ていただきました。

 僕は松本さんの、テクノロジーを使って資本市場を民主化するという理念に、すごく魅せられていました。だからすぐに応募し、それから10年弱、松本さんに仕えました。

佐藤 かなり長い出向ですね。

 途中で戻ってこいと言われたのですが、ものすごく楽しかったので、ソニーを辞めて、マネックスに転籍しています。

佐藤 その間、再びアメリカに留学されている。

 マネックスの社費留学第1号として、ペンシルべニア大学ウォートン校に通い、MBAを取得しました。その時はまだマネックス証券にいるつもりでしたから、英語と経営の勉強をきちんとする、そして一流といわれる人がどのくらいすごいのかを見てくるという動機で行ったのですが、本当に超一流の人はMBAを取りに行かない、と数日で思いましたね。

佐藤 大したことがなかった。

 勉強自体は大変でした。ただ、スティーブ・ジョブズさんも松本大さんも取っていないでしょう(笑)。

佐藤 この留学時代に起業への思いが強くなった。

 そうですね。マネックス証券に入ってみて、お金についてもっと良いサービスを世の中に作りたい、と思ったんです。確かにネット証券ができて、電話や対面でしか買えなかった株が、簡単に買えるようになりましたし、手数料も10分の1になりました。

佐藤 しかも日本だけでなく、世界中の株が買えます。

 ただそれは当時で数百万人程度、リテラシーの高い限られた人たちしか使えないものだったんですよ。彼らもネットの使い方を間違えると大けがをしますが、その手前にいる幅広い層に向けて、新しいテクノロジーを使ったお金のサービスができないかと考えたんです。

佐藤 ソニーでは経理、次はネット証券で、ずっとお金について思索されてきたのですね。

 お金は人生ですごく大事なものなのに、学校では教えない。また日本では、お金は汚いとか、お金について語るのはみっともない、という風潮がありますね。そうした価値観をアップデートしたいとは思っていました。

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