日本の海運を守るために必要なことは何か――長澤仁志(日本郵船取締役会長)【佐藤優の頂上対決】

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日本の造船業と船員育成

長澤 その観点から、私が懸念していることが二つあります。一つは日本の造船業のシェアが落ちていることです。いま世界の造船は3カ国が独占し、シェア順に、中国、韓国、日本となっています。

佐藤 かつて日本は造船大国でした。

長澤 それがどんどん衰退してきた。韓国はほぼ国策産業で、LNG輸送船や大型コンテナ船に特化し、圧倒的なシェアを誇っています。私どももLNG輸送船は韓国に発注するしかない状態です。

佐藤 日本は造っていないのですか。

長澤 造るのをやめてしまいました。中国も一つの大きな国有企業グループによる寡占状態です。主力はタンカーや穀物、鉄鉱石を運ぶバラ積み船で、日本と競合します。かつて日本の船は若干高いけれども性能がいいことで勝負をしていましたが、中国船の品質が上がってきた。この中で日本の造船業を維持しなければなりません。

佐藤 そもそも日本は海洋国家ですから、造船業は不可欠です。

長澤 ええ、造船所や船舶用機器メーカーが強い存在でなければなりません。このため、私どもの船の8割は日本企業に発注しています。また先に紹介したアンモニア燃料船も日本で開発しています。この脱炭素社会への移行を、日本の造船業のチャンスとしていかなければならないと思っています。

佐藤 もう一つの問題は何ですか。

長澤 日本人船員の減少です。私が入社した1980年には外国航路に約4万人の日本人船員がいました。それが今はわずか2千人ほどです。

佐藤 外国人船員で成り立っている。

長澤 ええ、フィリピン人やインド人の船員を数多く雇っています。フィリピンには弊社が運営する商船大学があり、そこで日本郵船流の教育をして船に乗せている。国際競争をしている限りでは、それで問題はありません。ただ日本の経済安全保障を考えた時、それで本当に大丈夫なのか、と言わざるを得ない。

佐藤 彼らには稼ぐための仕事であって、国益は関係ないですからね。

長澤 そうなのです。東日本大震災では福島の原発が事故を起こして止まりました。あの時、太平洋側の石炭火力発電所もすべて津波にやられ、動いているのは東京湾にあるLNG火力発電所だけでした。

佐藤 それで電力が足りなくなり、計画停電が行われましたね。

長澤 あの時、電力会社から「ウチの貨物を運んでいるLNG船が東京湾に入らないと言っている」と、連絡が来たんですよ。当時、東京湾は放射能に汚染されているというデマが広まり、飛行機も運航を取りやめた。その船は全て外国人船員でしたから、それを信じて、行きたくないと。

佐藤 東京の在外公館の人たちも、大勢大阪に逃げて行きました。

長澤 その船が来なければ、計画停電どころではすみません。そこで私どもは、渥美半島の伊良湖岬沖で船を停泊させ、外国人船員を弊社の日本人船員と交代させて東京に運ぶ計画を立てたのです。

佐藤 実際に行われたのですか。

長澤 結局、国際海事機関に働きかけてその安全性を広報してもらい、ことなきを得ました。でも実は私たちはギリギリのところにいたのです。

佐藤 日本人船員しか頼りにならない場面がある。

長澤 これからは台湾有事なども想定しておかねばなりません。その時も外国人船員では対処できないことが出てくる。私どもは138年間、この島国で安定的に物資の輸送を行い、信頼されてきたという自負があります。今後もそれはしっかりと守っていかねばならない。そのためには、もっと日本人船員を増やす必要がある。そう考えています。

長澤仁志(ながさわひとし) 日本郵船取締役会長
1958年京都府生まれ。神戸大学経済学部卒。80年日本郵船入社。自動車船、冷凍船など不定期専用船事業畑を歩み、99年ロンドン駐在。2004年LNGグループ長、07年経営委員、09年常務経営委員、13年代表取締役専務経営委員、19年代表取締役副社長経営委員を経て、同年代表取締役社長執行役員。23年より現職。

週刊新潮 2023年7月20日号掲載

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