地方都市に住んでから人の悪口を言わなくなった理由 「間違いなく当人に伝わってしまう」問題が(中川淳一郎)

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 東京から出て以降、特定の人間の悪口を言わないようになりました。もちろん、論敵の悪口は公の場でも言いますが、同じ地域にいる人々の悪口は言わない。いや、人だけでなく飲食店や小売店もそうです。渋谷にいた頃は失礼な同業者の悪口を飲み屋で言い、感じの悪い店のことは名指しして「あの鰻屋の料理人はキッチンシンクに唾を吐いている。サービスが悪いくせに10%のサービス料を取る」などと非難していました。

 しかし、佐賀県唐津市という地方都市に来てからはやっていません。というのも、移住初期の頃、地元の名士から「この街では人の悪口を言うな、というのが生きる知恵になっています。小規模な街ではどこもそうだと思いますが」と言われたのです。

 理由は、「間違いなくその悪口が当人に伝わる」から。誰かに関する話をしている時、相手がその人のことを知っている可能性は高いし、一人介せば必ずつながる。さらに親戚だったりもする。さらに「町」単位で行う唐津くんちでは、町の人々が練習から本番、打ち上げまで顔を合わせるだけにほぼ全員が知り合い同士。

 私はこちらに来てから特にイヤな人に会ったことがないため、悪口の言いようもないのですが、初期の頃にこの助言を受けて良かったです。一度「あそこの店の店主は〇〇事件の××被告に顔が似ていますね」と言ったら「あ、親戚なんですよ……」とちょっと苦い顔をされたのです。

 こうした教えを人々が守っているから諍(いさか)いは東京時代より少ないかな、と感じています。東京の繁華街や通勤時間帯の駅では怒鳴り合っている男同士がいたりしますが、これは「今ここでこいつと諍いが起きても、どうせ共通の知り合いはいないだろうし、知り合いは見てないから構わん」という考えも影響しているでしょう。

 しかし、地方でこんなことをしていると「中川さん、駅前で若い男性を恫喝していたよ」なんてすぐに広まってしまう。するとその事実を知った人は離れていくでしょうし、恫喝されたと感じる若者の友人らも私を敵視し、今度は悪評をまき散らかすことが可能になる。

 でも、こうした教えを守っていると他人についてはホメることばかりになり、それが結果的に相手からも好かれ、別の場所で自分のことがホメられる。こういったポジティブな循環があることを日々感じています。

 となると、行きつけの屋台のおばさんから「弟のイカ釣り船乗らんね」と誘われ弟さんと二人でイカを大量に釣り、車がない私を彼の妻が送ってくれる。商店街の飲食店にイカを渡して感謝され、最後は屋台へ行き、おばさんと弟さん夫婦に感謝する。こうしてますます良い循環になっていく。

 しかし、この狭いコミュニティーで恥ずかしいのは行動が筒抜けなこと。タイに3カ月行っていましたが、ドラッグストアの店長が「あそこのコンビニの店員が中川さんが帰ってきたことを喜んでいましたよ!」なんて言う。「あの人いないね」とうわさになっていたようです。多分「派手なリュックの東京から来た人」ということで浮いていたから、印象に残っていたのでしょう。地味なリュックにするかな……。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2023年6月29日号掲載

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