「お父さんが最後に行った場所を見られてよかった」――遭難から5カ月後の家族の“再会”

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遭難者につながる痕跡

 11月11日、Wさんと思われる白骨化したご遺体の一部が見つかったとご家族から連絡が入った。登山客を案内している最中の登山ガイドの方が発見したという。登山道のすぐそばに、普段は涸れているが大雨が降ると水が流れる通り道がある。そこに人骨らしきものの一部が流れ着いていたのを見つけてくれたのだ。

 発見場所近くの山小屋から110番通報があり、警察の調べで、それが成人男性の大腿骨と分かった。骨の長さから身長が高い人物だと推測された。この山域で身長の高い男性の遭難者、という情報から、Wさんのご家族に「可能性が高い」と連絡が入ったそうだ。

 山中に残されたご遺体と荷物を探すため、警察が再捜索に入ることになった。

 ご家族も同行したいと希望したが、現場は非常に危ない。サポートのためにLiSSに捜索参加の打診があり、警察からも許可が下りた。

 捜索隊はご家族と共に、大腿骨が見つかった場所にまず赴いた。ここまで骨が流れ着いたということは、ご遺体はそこから上の箇所にあるのだろう、と見当をつける。その先は危険なので、Wさんの奥さんと娘さんは安全な場所で待機するようお願いをした。

 復路の最後にあたる庚申山には登山ルートが2つある。

 ひとつは、「お山巡りコース」、もうひとつは「庚申山荘」を経由するコースだ。

 実はWさんは、この前年に「お山巡りコース」を歩いていた。ただ、最短で下山できるルートは「庚申山荘コース」になる。私たち捜索隊員は「疲労も溜まっていたであろうWさんは、遭難したとみられる復路では山荘を経由するルートを選ぶのではないだろうか」と推測していた。

 しかし、大腿骨が見つかった地点から上に登ると「お山巡りコース」にぶつかる。Wさんがこのポイントにたどり着いたとき、すでに日は沈み、周囲は暗くなっていたと考えられる。ヘッドライトを携行していたとはいえ、「お山巡りコース」の周囲は木が生い茂り、足元には石がゴロゴロと転がっている。滑りやすく、とても歩きにくい。登山道の片側は100メートルほど下まで、まっすぐに切り立った絶壁である。

 Wさんは前年に歩いていた経験を頼りに、こちらのルートを選んだのだろうか。その時の胸中は私たちには分からない。

 ご家族に待機をお願いした地点から、ドローンを飛ばし、上の状況を動画で確認した。絶壁の途中に、赤いウインドブレーカーと、青いリュックが見えた。日が当たらないため薄暗い草木と岩の中で、人工的なその二色はとてもよく目立っていた。ストック、リュックのその先で、Wさんのご遺体が見つかった。

 Wさんはやはり、足を滑らせ滑落したと見られる。場所は「お山巡りコース」に入ってすぐの箇所だ。落ちた先で、傾斜が少しなだらかになっている箇所で引っかかって、身体は止まったようだ。

 Wさんのように、ご遺体の一部が雨や風で流されている場合、お身体をすべて見つけるのは難しいことの方が多い。

 人間の身体は、構造的には骨と肉でつながっているが、お腹は肉がほとんどだ。時間の経過とともに白骨化すると、上半身と下半身を結び付けていた肉がなくなるため、それぞれ別の場所で見つかることが多い。しかし、Wさんの場合、発見現場の近くからほぼ全ての骨を見つけることができた。

 大腿骨1本だけが登山道まで流れてきてくれたのは、Wさんが「この先にいるよ」と教えてくれたのだろう……と思えた。

 Wさんの奥さんと娘さんは、Wさんと“再会”した後、こう口にした。

「お父さんが最後に行った場所を見られてよかった」

リュックの中には

 警察がWさんのリュックサックの中を確認したところ、ココヘリ(会員制の捜索ヘリサービス)の発信機が見つかった。

 破損や水没の形跡はなく、電源が切れた状態になっていた。この当時、発信機は手動で電源スイッチのオンオフができる仕様となっており、スイッチがオフになっていたのである(なお、現在は常にオンの状態に固定されるように改良がなされた)。

 リュックサックの中には、明らかにWさんのものではない飴の空袋などがたくさん入っていた。登山中に、山中に落ちていたゴミを拾いながら歩いていたのだろう。

 Wさんの捜索中、遭難してから1週間近くを生き延びた人が救助され、行方不明のままであった遭難者のご遺体も発見することができた。

 同じ山で遭難したふたりを家族の元に帰してから、自分は最後に家に帰ることを、Wさんは選んだのだろうか……。

 責任感が強く、他人のため働くことに喜びを感じていたというWさんの人柄がしのばれた。

『「おかえり」と言える、その日まで―山岳遭難捜索の現場から―』より一部抜粋・再構成。

デイリー新潮編集部

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