尹錫悦を国賓として招いたバイデン 韓国を引き戻すニンジンは…半島波乱の幕開け

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ペロシ事件で激怒した米国

――なぜ、この時期になって後退したのでしょうか。

鈴置:出馬当時、政治家に転じたばかりの尹錫悦氏は確たるブレーンもなく、自分の思い通りに外交を語っていた。しかし、次第に参謀の補佐体制が整うにつれ、韓国外交の主流である伝統的な「米中二股」を基調に公約を打ち出すようになりました。

 尹錫悦氏はTHAAD(地上配備型ミサイル迎撃システム)に関しても、選挙戦中は「韓国全土をカバーする体制を作る」と述べていましたが今や、この問題に触れません。文在寅政権が中国と「THAADは拡大しない」と約束しています。外交界の伝統派に中国との約束を破る覚悟はないのです。

 当選が決まった後の3月31日、尹錫悦氏のスポークスパーソンが「韓米日の共同訓練は実施しない」と明言しました(「『米国回帰』を掲げながら『従中』を続ける尹錫悦 日米韓の共同軍事訓練を拒否」参照)。

 文在寅政権が「韓米日の3カ国同盟には動かない」と中国に約束したのを引き継いだのです。しかし、「親米」を掲げる尹錫悦政権がそれを言ったらおしまいです。左派政権と変わりません。米国から圧力がかかったのでしょう、2022年9月、3カ国の軍事訓練は再開されました。

 口先の「親米」とは裏腹の「従中」に米国が激怒したのは訪台したN・ペロシ(Nancy Pelosi)下院議長がその足で――8月3日夜に韓国を訪れた時のことでした。

 米下院議長の大統領の継承順位は副大統領に次いで2位ですから、世界のどの国でもトップが迎えます。ところが、尹錫悦大統領は休暇中を理由に面談を拒絶しました。中国から「台湾独立を支持するのか」と睨まれるのを避けたのは明白でした。

 保守系紙が8月4日朝刊で批判すると、尹錫悦大統領は急遽予定を変更し、同日に電話で会談しました。同じソウルに居ながらの電話協議ですから、かえって奇妙さが目立ちました。

 米国務省が所管するVOA(Voice of America)は「米韓関係に対する侮辱」と尹錫悦政権を非難したうえ「中国にゴマをすったつもりだろうが、怒りは避けられないぞ」と嘲笑しました(「訪韓したペロシとの面談を謝絶した尹錫悦 中国は高笑いし、米国は『侮辱』と怒った」参照)。

CNNに難詰された尹大統領

 もっと強烈だったのは、2022年9月25日のCNNの尹錫悦大統領へのインタビュー「South Korean President: North Korea remains an imminent threat」でした。

「Foreign Affairs」の編集長も歴任した有力ジャーナリストのF・ザカリア(Fareed Zakaria)氏が「(米国は)韓国唯一の同盟国だ。(その下院議長に会わないという)決定は奇妙で、普通ではない。本当に休暇でなかったのなら、中国はさぞ満足だろう。これらにどう答えるのか」と厳しく問い詰めました(開始2分37秒から)。これに対し大統領は「ペロシ議長は我々の状況を理解している」と逃げを打ちました。

 ザカリア氏は「もし中国が台湾を攻撃したら、台湾を軍事的に支援する米国を韓国は支えるつもりか」と二の矢を放ちました(4分29秒から)。尹錫悦大統領は「台湾有事の際、北朝鮮が韓国を挑発する可能性が高まる。韓国の優先順位は強力な韓米同盟を基盤に北の挑発に対抗することだ」と答えました。

 大統領は米国の口頭試問にここでも落第しました。この答は「台湾有事の際、米国を助けるつもりはない」との本心を明かしたと受け止められたからです。CNNインタビューは米韓の亀裂をさらに広げました。

 ただ、「従中は許さないぞ」との米国の強い意思を大統領に直接伝える効果はあったと思われます。尹錫悦大統領はザカリア氏の難詰に一切反発せず、困惑の表情を浮かべながら聞いていました。

 ペロシ議長との会見を阻止した外交参謀に対する疑念が大統領の胸に浮かんでいるのではないか、と思えるほどしょげかえった表情だったのです。

台湾有事で「泣き面に蜂」

「核共有」に関する尹錫悦政権の姿勢転換が明らかになったのは2023年早々でした。尹錫悦大統領は1月2日付けの朝鮮日報とのインタビュー(韓国語版)で「米国と核に関する共同企画、共同演習を議論しており、米国もかなり積極的だ」と述べました。NATO同様の米国との核共有を検討中と明かしたのです。

――なぜ、今年になって変わったのでしょうか。

鈴置:背景には北朝鮮の核武装の進展があります。加えて「台湾有事」が原因でしょう。この頃から、韓国の保守の間では「見捨てられ」の危機感が高まっていました。

 台湾有事の際、米国も日本も台湾支援に手一杯になって、韓国を助ける余裕がなくなる。というのに、その隙を狙って北朝鮮が挑発し「第2次朝鮮戦争」が起きる可能性が増すのです(「台湾有事が引き起こす第2次朝鮮戦争 米日の助けなしで韓国軍は国を守れるのか」参照)。

 東西センターのD・ロイ(Denny Roy)シニア・フェローは「THE DIPLOMAT」に書いた「South Korea Will Stay Out of a Taiwan Strait War」(3月21日)で鋭い指摘をしています。

・大国と同盟を組む国は正反対の2つの恐怖を抱く。1つは大国に見捨てられ、敵の脅威に単独で立ち向かわねばならない恐れ。もう1つは大国によって望まぬ戦争に巻き込まれることだ。台湾有事はこの2つの危険性を同時に韓国にもたらす可能性があるのだ。

「泣き面に蜂」ということです。米日の助けが見込めない以上、第2次朝鮮戦争で負けないためには「核共有」が必須となったわけです。ところが、バイデン大統領は尹錫悦大統領の「米国と合意」発言を直ちに否定しました。

 しかし、尹錫悦大統領はひるみません。1月11日、外交部・国防部の業務報告の席で「[北朝鮮の核]問題がさらに深刻になったら、[米国の]戦術核兵器を配備したり、我々独自の核を持つこともありうる」と語りました。韓国の大統領が公の席で自前の核開発・保有に言及したのです。史上初の事件でした。

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