尹錫悦を国賓として招いたバイデン 韓国を引き戻すニンジンは…半島波乱の幕開け

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「日本並み」の台湾支持

 尹錫悦大統領はさらなる決断を下しました。4月19日、ロイターとの単独会見でウクライナへの兵器提供を示唆したうえ、台湾海峡での力による現状変更に反対すると語ったのです。いずれも従来の韓国政府の外交路線を踏み越えるもので、大騒ぎになりました。

 西側はウクライナに砲弾を送ってきましたが冷戦後、生産能力を落としていたため供給が限界に達した。そこで現在も能力を維持する韓国に期待が集まり、米国が繰り返し供給を要請しています。

 台湾海峡については、韓国はこれまで「平和と安定を望む」との表現に留めていた。それを「力による現状変更に反対」と日本と同水準に引き上げたのです。

 ロイターの「Exclusive: South Korea’s Yoon opens door for possible military aid to Ukraine」(4月19日、英語版)から、それぞれの発言を以下に引用します。

・If there is a situation the international community cannot condone, such as any large-scale attack on civilians, massacre or serious violation of the laws of war, it might be difficult for us to insist only on humanitarian or financial support.
・After all, these tensions occurred because of the attempts to change the status quo by force, and we together with the international community absolutely oppose such a change.

 ロシア・中国政府は厳重抗議。国内からも「中ロをわざわざ敵に回す必要はない」との批判が相次ぎました。予想された内外の批判をものとせず、尹錫悦大統領が発言したのは「韓国は米国側に立つ」との姿勢を明確に打ち出す必要があったからでしょう。

韓国からの輸入に嫌がらせ?の中国

――なぜ、この時になって?

鈴置:ちょうどこの時、韓国の実務陣がワシントンに入って首脳会談を巡り米側と駆け引きを繰り広げていました。その援護射撃が目的だったと思われます。

 交渉過程は明らかになっていませんが、韓国側とすればNCGを創設するだけでなく、戦術核の再配備と韓国軍による核兵器の運用も実現したかったのではないでしょうか。そうしてこそ、NATO並みの「核共有」を勝ち取ったと胸を張れるのですから。

――米国は韓国をつなぎとめておけるのでしょうか。

鈴置:分かりません。中国が巻き返すのは確実だからです。中国共産党の対外宣伝メディア「Global Times」は4月29日、「もし韓国が中国、ロシア、北朝鮮の警告を無視し、この地域での『拡大抑止』のための米国の命令を実行した場合、韓国は中国、ロシア、北朝鮮の報復に直面する可能性が高い、と専門家は述べた」と威嚇しました。

Yoon’s overwhelming pro-US policy could become nightmare for S. Korea, with losses to outweigh gains, experts say」という長い見出しの記事です。

 ソウル新聞は「[単独]中国、『韓国からの輸入貨物検査を強化せよ』」(4月28日、韓国語)で「4月25日、中国の関税当局が各地域の下部機関に対し『韓国から輸入した貨物の検査を強化せよ』との指示を出した」と報じました。

 この記事によると、韓国企業の被害は確認されていないものの「通常3-4日の通関手続きが3-4週間に伸びる」と予想されています。

 2017年3月に在韓米軍基地にTHAADが配備された時も同様の報復措置が発動され、賞味期限が短い食品業界で損害が出た、とこの記事は書いています。尹錫悦大統領の「台湾海峡発言」が引き金だったのだろうと解説しましたが、「核抑止力の強化」が油を注ぐのは確実です。

 文在寅前大統領は4月27日、韓国で開かれたシンポジウムに「朝鮮半島非核化のためには中国やロシアと協力する必要がある」と訴えるメッセージを寄せました。尹錫悦政権の外交を米国一辺倒と批判したのです。今後、中国の威嚇や経済的報復が本格化すれば、左派が呼応して政権批判の声を高めるのは間違いありません。

 ちなみに左派系紙、ハンギョレの4月27日の社説の見出しは「米国一辺倒で米中競争の最前線に立った尹大統領」(韓国語版)でした。

「自前の核」を放棄させられた

――保守系紙の社説は?

鈴置:中央日報の「核抑止強化『ワシントン宣言』…最初の共同文書実行が重要だ=韓国」(4月27日、日本語版)は今回合意した「核抑止力強化」を素直に評価しました。

 朝鮮日報の「韓米核協議グループを創設、『韓国の核の足かせ』は強化された」(4月27日、韓国語版)と、東亜日報の「韓米両国首脳『拡大抑止の信頼強化』、まずはNCG常設機構化から」(4月28日、日本語版)はNCG創設を評価しましたが、手放しでは喜びませんでした。

 両紙共に、韓国が獲得した「核抑止力強化」がNATO式「核共有」の水準には及びも付かないことと、韓国がNPT(核拡散防止条約)の順守を約束することで自前の核武装を放棄させられたことを嘆きました。

「自分の核」が必要だと唱えてきた朝鮮日報は「米国にうまく丸め込まれた」ことがよほど悔しかったのでしょう。社説を以下の文章で結んでいます。

・ワシントン宣言を見れば、北朝鮮の核無力化よりは韓国の核開発をより憂慮するということのようだ。韓米同盟は我が国の安保の礎石として、今後も変えることができない。一方、我々を守るのは究極的には我々自身しかいないという事実を忘れてはならない。

1年で核武装は可能

――米国の核の傘を信じ切ってはいけない、ということですね。

鈴置:そういうことでしょう。尹錫悦大統領も4月28日、ハーバード大学で演説した際に独自の核開発に関し質問を受けました。

 東亜日報の「尹大統領『1年以内に核武装可能…ワシントン宣言、NATOより実効性がある』」(4月29日、韓国語)によると、尹錫悦大統領は「決意すれば1年で核武装は可能だ」と述べた後、「ただ、核は単純に技術の問題ではない。政治や経済と複雑に絡み合う」と一応は核武装を否定しました。衣の下の鎧をチラリと見せた感があります。

鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95~96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『韓国民主政治の自壊』『米韓同盟消滅』(ともに新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

デイリー新潮編集部

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