会社経営の父が急逝、継母とは不仲…「あなただけが頼り」と言っていた妻 今その言葉は嘘だったと感じる夫の苦悩

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 配偶者を傷つけるような「秘密」は墓まで持っていくべきなのか、あるいは正直に話して許しを乞うべきなのか。過去はともかく、結婚生活と並行しておこなわれていた「裏切り」だったらどうなのか。

 つい最近、妻の「秘密」を知った西川健造さん(58歳・仮名=以下同)は、「知りたくなかった」と言う。自身の人生まで否定された気分になったからだ。

 健造さんが、男友だちの紹介で由利子さんと知り合ったのは25歳のときだった。友人は芸術関係の仕事をしていた。芝居や音楽に興味のあった健造さんにとって、芸術を目指してがんばっている同い年の由利子さんはまぶしい存在だった。

「それからはその友人が数ヶ月に1度主宰する食事会で会うようになりました。僕は彼女のことが気になっていたので、いつも隣に座って、彼女の仕事の話を聞くのが楽しかった。彼女はお酒に弱くて、酔うと子どものころのつらかった話などもぽろぽろとしゃべるんです。彼女が8歳のころ母親が亡くなり、その2年後にやってきた継母はひどく冷たい人だったと聞いたこともあります」

 グループでだけ会う関係は数年続いた。そして30歳になったころだった。いつもの食事会に彼女が来ていない。友人が「由利子さんのお父さんがついさっき、急逝されたそうだ」と言った。

「彼女が目指していた芸術分野はお金がかかる。お父さんが会社を経営していたので、今まで家を何軒も買えるくらいのお金を出してもらったと言っていました。お父さんは理解者でもあったようです。継母との関係がよくないと聞いていたから、お父さんが亡くなってどれほど気落ちしているかと思ったら、僕は平常心ではいられなかった。一度だけ由利子を家まで送ったことがあるので、うろ覚えだったけど家まで行ってみたんです」

 灯りはついていたがしんと静まりかえっていた。チャイムを鳴らそうとしたところへ、中から由利子さんが出てくるのに遭遇した。彼女は「健造さん」と抱きついてきた。

「それまで手ひとつ握ったことがなかったんですが、彼女はよほど心細かったのでしょう。僕もしっかり彼女を抱きしめた。『大丈夫?』としか言えなかったけど。ちょっと話せるかと彼女に聞かれて、近くのバーへ行きました。喪主である継母が、葬式代をケチろうとしているとか、彼女と父が大事にしてきたピアノや絵画などを売る算段をしているとか言っていましたね。お父さんの会社にいる腹心の部下や弁護士さんに相談したほうがいいかもしれないとアドバイスしたら、目を輝かせて『私、どうして気づかなかったんだろう』と。常務や専務には連絡をしたけど、いちばん父親が信頼していた弁護士に伝えていなかった。常務や専務はその弁護士を疎んじているから連絡しないはずだ、と。彼女、公衆電話から必死に電話をかけていました。会社経営者というのは孤独なのかもしれないとふと感じたのを覚えています」

継母が渡してきた「ひどすぎる形見」

 お葬式に参列したいと伝えたが、由利子さんは了承してくれなかった。共通の友人は、由利子さんの父親を知っているから参列したらしい。その彼から「由利ちゃんは、相当継母に嫌われているみたいだ」と聞き、心を傷めた。1週間ほどたって、ようやく由利子さんから連絡が来た。

「待ち合わせると、彼女は大きなスーツケースを持っていました。もう実家にはいられないから身の回りのものを持ち出してきた、これから財産分与して、私はひとりで生きていくと、少し興奮したように言うので、とりあえず僕の部屋に落ち着かせたんです」

 出会ってから5年目、ふたりは初めて結ばれた。そしてそのまま、彼女は部屋に居着いた。

「2ヶ月ほど、彼女は喪に服すように静かにしていました。四十九日がすんだころ、お父さんの会社は乗っ取られた形になり、財産は何もないと継母に言われたと泣いていました。弁護士に頼んでみたらと言うと、お父さんが信頼していた弁護士さんは心筋梗塞で急死した、と。一気に彼女が幼子のように見えて、かわいそうでたまらなかった。他の弁護士に頼んでもいいじゃないかと言ったけど、お父さんは争いを好まなかったって。彼女は純粋すぎるんですよ。かといって身内でもない僕が、彼女の継母と対峙することもできない。お父さんには借金もたくさんあったから、相続すると借金も引き継ぐことになると継母に脅され、結局、彼女は相続放棄の書類にサインしてしまったそうです」

 せめて形見がほしいと言ったら、継母は父の使っていたお茶碗を寄越したそうだ。それも銘品ではなく、いつも父が使っていた市販の安物のご飯茶碗だ。

 彼女の人生すべてが狂ってしまったかのようだった。健造さんは由利子さんの仕事の内情はよくわからなかったが、彼女はそれから1日のほとんどを彼の部屋で過ごしていた。彼も彼女を刺激するようなことは言わなかった。ゆっくりすればいいと思っていた。

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