コロナ禍はどうなった?音楽評論家がイタリアで見た光景 滞在中、日本のニュースにがく然としたワケ

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大部分の人はコロナを気にしていない

 イタリア在住の日本人オペラ歌手が話す。

「コロナに関しては大部分のイタリア人がまったく気にしておらず、むしろ戦争のための物価高騰に視点がいっています。コロナ禍による経済の低迷からまだ復活には遠く、そこに物価が上昇して、目の前の生活のことで精いっぱい。だから、ひところは口を開けばだれもが話題にしていたワクチンのことも、最初から存在しなかったかのように語りません。感染状況についても、もうかなり前から報じられていません」

 マスク装着に関しては、コロナ前とくらべて変化も見られるという。

「もともと欧米の人は、相手の表情を目よりも口の動きから判断するので、日本人にくらべるとマスクへの抵抗が強かった。ただ、コロナ禍でマスクの利点を知ってからは、特定のウイルス対策というよりは、風邪や乾燥予防のために屋外でマスクをする人が、多少は増えました」

 だが、オペラ制作の現場では、ほぼだれもマスクをしていないと強調する。

「ヨーロッパでも、歌手や合唱がマスクをして稽古をした時期がありましたが、とりわけ歌い手にとっては、マスク着用で声の聴こえ方が全然違ってしまい、害が大きい。とくにまだテクニックを修得中の若手にとっては、マスクをすることで発声に変なクセがついてしまい、こもった声になるなど、非常に危険でした」

 しかし、それも過去の話。私自身、たびたび劇場の舞台裏に足を運んだが、マスクを着用した人に会うことはついぞなかった。

「こんなことをしている国は日本だけ」

 一方、日本では状況が違う。2月に来日したイタリア人歌手が語る。

「本番の舞台こそマスクをつけませんが、稽古中はマスク着用が必須でした。稽古で全員がマスクをしていることを証明する証拠のビデオも撮っていました。クラスターが発生したとき、感染対策をしっかりしていたという証拠を文化庁や厚生労働省に提出するための資料だそうです。仕事をいただいているので文句はいえませんが、こんなことをしている国は日本だけだと思います」

 たがいに監視し合い、ずるずると対策を続けるという、世界標準とくらべた際の日本の異常性が端的に表現されている。マスクなどの感染対策に邪魔されて芸術的な水準が満たされないのはいうまでもないが、それ以前に、これでは社会や経済を前向きに推し進めていこうという活力が生まれない。

 いまなお日本では新型コロナは2類感染症で、クラスターが発生すれば主催者の責任が問われたり、公演中止に追い込まれたりする。このため、こうしたありようは少なくとも5月8日までは変わらない。3月13日にマスク着用が個人にゆだねられて以降も、日本の劇場やホールの多くはマスク着用を推奨し、検温を義務づけ、入退場時にソーシャルディスタンスをとるようにアナウンスされている。

 公演関係者からは「高齢の観客が戻らないので、客席はコロナ前の7~8割しか埋まらない」という嘆きの声を聞かされる。だが、主催者みずからが事実上、「コロナはまだ怖い」と言い続けて自分の首を絞めているのが実情である。もっとも、主催者にすれば、クラスターが発生すれば袋だたきに合うので、やむを得ない判断だろう。

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