日本に流れを持ってきた大谷翔平のプレー 5試合は全て彼のワンマンショーだった【柴田勲のセブンアイズ】

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村上に適時打、岡本に一発が出たのは大きい

 不振だった村上宗隆に待望の適時打が飛び出した。栗山英樹監督は我慢してずっと4番に置くと思っていたが「5番」に下げた。気分的に楽にしてやろうという配慮だ。

 初めてファーストストライクを振るようになったと思う。これまでは簡単に見逃していた。積極性が出てきた。これから甘い球をどんどん狙ってほしい。

 アメリカでは吉田が4番に座るよりも村上の方がいいのではないか。とにかく振らなきゃ始まらない。日本の三冠王だ。とにかく初球から甘い球を見逃すな。これまでは迷っていたが自信を持って臨んでほしい。

 岡本にしても久々にいい笑顔を見た。外角から入ってきたスライダーをうまく捉えた。軽々と運んだ感じだった。

 村上に適時打、岡本に一発が出たのは大きい。トーナメントは進めば進むほど相手は強敵になる。でも、外国人投手の球は速いには速いが制球力に難がある。彼らと対戦する時はボール球に手を出して助けてはダメだ。肝に銘じてもらいたい。

 それにしても日本の投手陣は素晴らしい。大谷から伊藤大海(日本ハム)、今永昇太(DeNA)、ダルビッシュ有(パドレス)、そして大勢(巨人)、準決勝以降の勝負のカギを握るのは投手陣だ。

 準決勝を勝ち上がって決勝へと進み、勝利の美酒に酔う「侍ジャパン」の姿が見たい。

柴田勲(しばた・いさお)
1944年2月8日生まれ。神奈川県・横浜市出身。法政二高時代はエースで5番。60年夏、61年センバツで甲子園連覇を達成し、62年に巨人に投手で入団。外野手転向後は甘いマスクと赤い手袋をトレードマークに俊足堅守の日本人初スイッチヒッターとして巨人のV9を支えた。主に1番を任され、盗塁王6回、通算579盗塁はNPB歴代3位でセ・リーグ記録。80年の巨人在籍中に2000本安打を達成した。入団当初の背番号は「12」だったが、70年から「7」に変更、王貞治の「1」、長嶋茂雄の「3」とともに野球ファン憧れの番号となった。現在、日本プロ野球名球会理事を務める。

デイリー新潮編集部

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