「警察に対する抗議の自死ではないのか……」 レジオネラ菌騒動「大丸別荘」前社長の意外すぎる評判

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兄の経営ミス

 1990年代、交通網の整備で二日市温泉の周辺は住宅地として人気を呼び、温泉街としての風情を失ってしまった。

 そのため二日市温泉は今も、かつての賑わいを取り戻せていない。だが大丸別荘が苦境に陥ったのは90年代より前の話であり、社会情勢の変化とは関係なかったという。

「自殺した山田氏には兄がいて、彼ら兄弟の父親は社長の座を最初、兄に譲りました。兄は実に人の良い、大人しい性格であり、そのためお世辞にも経営者に向いているとは言えませんでした。老舗旅館の舵取りに失敗し、億単位の負債を生じさせてしまったのです。取引銀行から役員が送り込まれ、一種の“監視下”に置かれました。そして兄は社長を辞め、経営は弟にバトンタッチされたのです」(同・知人)

 九州地方のブロック紙・西日本新聞(本社・福岡市)は、山田氏が陣頭指揮を執った“改革”が成功したことを記事にしている(註2・3)。

 記事によると、山田氏は90年代、3億5000万円を投じて旅館を改装。鉄筋コンクリート造りで耐震性や防音性を高めながらも、伝統的な内装は維持した。《コストは通常の倍かかった》という。

成功を収めた改革

 日本庭園や大浴場は自ら設計した。特に大浴場は水深を90センチと深くし、それが宿泊者から好評を得た。

「山田氏は『適度な水圧でマッサージ効果が得られるのでは』と考えて設計したそうです。謝罪会見で記者から『社長も大浴場には入るのか?』と質問され、『子供の頃から毎日2、3回は入っていた』と答えました。自慢の大浴場だったのでしょうが、その衛生管理が問題となって自殺に追い込まれた。皮肉としか言いようがありません」(前出の記者)

 山田氏は料理が趣味だったため、メニュー作りにも積極的に参加した。毎月の献立は全従業員で試食して決定したという。

 西日本新聞の取材に山田氏は《食べることで、客室係も料理法や産地などを説明できるようになる》と、その狙いを語っている。ネット上では大丸別荘の食事の評価は高い。

「ネットでは接客も好評だったことが分かります。これには理由がありました。山田氏はベテランの従業員を常に厚遇したのです。老舗旅館の伝統を支える人々が安心して働ける環境を整備し、そのノウハウを若手に継承させた。そのため接客のレベルが高く、宿泊客を満足させることができたのです」(前出の知人)

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