設定は陳腐なのに泣ける「100万回 言えばよかった」 コメディーとサスペンスがベストバランス!

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 ああ、要は「ゴースト」ね。松ケンはウーピー・ゴールドバーグの立ち位置なのね。んでもって、TBS金曜枠のちょいとサスペンスなやつね。手垢のついた設定と思って軽い気持ちで観始めたら、うっかり涙腺刺激スイッチ入りまくりで、井上真央の泣き顔にすっかりやられている。設定は陳腐でも、役者の力量って大事だわぁと痛感しているのが「100万回 言えばよかった」である。「妻、小学生になる。」同様、TBSの「成仏できない」シリーズにはそそるものがある。

 真央が演じる主人公は美容師。恋人は無愛想というか寡黙なタイプの料理人・佐藤健。ふたりは里親施設で出会った幼なじみ。健はある事件(女性が殺害されて、健はうっかり容疑者に)に巻き込まれて、亡くなっている。が、成仏していない。霊としてさまよっている設定。

 健の姿は真央には見えない。唯一、健のへたくそな口笛だけ聞こえる。なんとなく意思疎通はできても、会話はできないもどかしさ。ドラマタイトルの通り、そもそも大切なことを言葉にして伝えてこなかった不器用な健は、死ぬほど後悔(いや、実際死んでるんだけど)。

 そして愛する真央を助けられないふがいなさ、幽霊になって何もできない無念さ。これを、熱くなりすぎず淡々と切なさを醸し出して演じる健に、毎回「適温!」と叫ぶ。すねる姿がちょっとかわいくもある。

 ふたりをさりげなく、でも頼もしくフォローするのが、人情派刑事の松山ケンイチというわけだ。憑依までさせてくれて、霊障で体調不良になりつつも、ふたりの愛情確認と事件解明に尽力。寺の息子でそもそも「霊が見える家系」ではあるが、相性がよすぎると命を落とす危険も。松ケンの姉(平岩紙)は弟を心配するも、正義感と優しさ(と密かな恋心)で、松ケンは真央と健を救おうとしてしまう。ふたりの愛に触れてオイオイ泣いたり、暴漢に襲われた真央を間一髪で助けたりと、感情も肉体も大忙し。

 さらには、真央を助けた医者のシム・ウンギョンも、愛する人を失った経験をもつ。亡くなった夫が松ケンにそっくりという戸惑いも。ホント、いい座組。役者の力をちゃんと信じるTBSの良心を、肌で感じている。

 中盤で、ふたつの殺人事件には闇の売春あっせん組織が関与しているとわかる。真央と健の恩人(荒川良々)や里子仲間(香里奈)も関与。地元の名士だが、あっせんの元締め役に神野三鈴。善意を装い、持たぬ人から搾取する阿漕(あこぎ)な輩。これぞ権力の正体ね。

 二度と触れることができない真央と健のやるせないラブストーリーでありながら、サスペンスとコメディーがバランスよく盛り込まれている。そうそう、忘れちゃいけないコメディーリリーフを。平岩&松ケンの見える姉弟のもとに、わらわらと集まっちゃうのが成仏できない人々ね。インパルスの板倉俊之と菊地凛子は、切なさと笑いをお届け。

 根っこは悲劇で一見お涙頂戴に見えるが、バランスのよさが際立つ作品。大切な人にはちゃんと言葉で伝えようと思わせる良作だよ。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2023年3月16日号掲載

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