昭和最大の不倫スキャンダル「西山事件」は52年前、新宿の「連れ込み旅館」から始まった 外務省女性事務官の「手記」に綴られていた“悔恨と憤怒”

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「君が好きだ」と何度も繰り返した

 ほんとは別の審議官「付き」の女性の事務官と新橋まで歩いて帰ろうと思っていたのだが、事情を告げて彼女を先に送り出してしまった。「こんなに遅くなるのなら、彼女と帰ればよかった」と少しばかり後悔していた時、西山記者から電話がかかった。

「もうじき車が来るから、もうちょっと待っててね」

 西山記者には正面玄関で待つように指示されていたが、車が来たのは午後七時近くであった。車は毎日新聞と契約のあるらしいタクシー。西山記者は私よりもあとから正面玄関に現れた。

「ご迷惑をかけてすみません。有楽町か東京駅で落として下さい」

 と私はお願いした。

 車が外務省を左に折れてお濠の方向へ向うと、西山記者がポツンといった。

「これから新宿へ行こう。食事でもしようじゃないか」

 私は一瞬あわてて答えた。

「今日は、申しわけないけど結構です」

 彼は、常日ごろ、同僚の男の事務官と私の二人を招待するといっていた。その日は、私一人しかいないのだから、同僚にも悪い気がして、ひどく困ったのである。それでも強引な西山記者は、

「今日はいいチャンスだから、ご馳走しよう」

 と動じない。さっさと車の運転手に「新宿にやってくれ」と告げた。私の同僚をご馳走するについては、又別に機会を作るともいった。

新宿ではコマ劇場の裏の『車』という料理屋に入った。西山記者はウイスキーの水割り、私はお刺身にビールなどを頂いたが、はじめは、とりとめのない話をしていた。

 やがて、何杯かウイスキーの水割りを重ねた西山記者はいくらか酔い始める。そして突然、私にささやきだした。いま考えると、あれはまさしく“悪魔のささやき”であった。おまけに、少々お酒のまわった私の頭に、彼の甘く、かつ、けばけばしい言葉がまるで矢のように飛び込んできた。

「ぼくは君が最初から安好きだった。ぼくは毎日のように外務審議官室に行くのも、実は君の顔が見たかったからだ。ほんとに、ぼくは君の顔を見ると、たまらなくなる……」

 あとは「君が好きだ」を何度も何度も繰り返した。

「ぼくはほんとうに君が好きだなあ。Aさんは個性的だよ」

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