棋王戦連勝で「最年少六冠」に王手 “AI越え”の藤井聡太が指した「人間らしい手」とは

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木村九段と深浦九段

 この日、ABEMAで解説したのは、「千駄ヶ谷の受け師」と呼ばれる守りの名手・木村九段と、公式戦3勝1敗の「藤井キラー」として知られる深浦康市九段(51)だった。同世代でしのぎを削った2人は、互いをからかいながら愉快に解説を進めた。

 実はこの2人は、2009年の王位戦七番勝負で歴史に残る名勝負を演じている。

 初戦から木村九段が3連勝したことで、深浦九段は「打ち上げ会」にも出られないほどの衝撃を受けた。ところが、故郷の長崎県佐世保での第4局に勝利したのを機に巻き返しに出た深浦九段は、4連勝で大逆転し、タイトルを手にした。

 2019年に木村九段が46歳で初タイトル(王位)を獲得した際に見せたあの有名な涙は、この敗戦を筆頭に、あと一歩でタイトルに届かなかった勝負を重ねた悔しさから来ていたのだ。

 七番勝負のタイトル戦は4つあるが(名人、竜王、王将、王位)、長い将棋の歴史でも3連敗から4連勝で逆転したのは、前述の深浦九段と2011年の竜王戦で羽生九段の挑戦を受けた渡辺だけだ。

プロとアマの差が縮まった

 話題は変わるが、2月13日、関西将棋会館でアマの強豪・小山怜央さん(29)が棋士編入試験に見事に合格してプロとなった。編入試験合格棋士の先輩である今泉健司五段(49)は「AI研究が進んだため、プロとアマの差が縮まった」と話していた。

 昔から将棋は「プロとアマの実力の差が大きい」と言われていた。プロは内弟子制度で「将棋漬け」の毎日を過ごし、研究会など強豪同士で腕を磨く。一方のアマは、いつも強い人とばかり対局できるわけではない。そんな違いも、自宅に居ながらハイレベルな研究ができるAIの登場により解消され、プロとアマの垣根を崩したのだろう。

 長足の進歩を遂げてすでに人間はAIに勝てなくなったが、AIには混乱するとか悩むということはない。相手を混乱させようとか悩ませようとかもない。もちろん、指した手を後悔することもない。将棋は人間同士だからこそ面白いのだろう。

 かつて今泉五段に「自分が不利になっていた時、気の弱い性格の相手を『ビビらせて混乱させてやろう』と考えて、無理筋でもはったりで攻撃したら守り出した相手が負けることってないのですか?」と訊いたことがある。一手のミスでひっくり返る将棋は、攻めるべき時に守ってしまうと負ける。

「そんなレベルじゃプロにはなれませんよ」と今泉五段に一蹴された。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」(三一書房)、「警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件」(ワック)、「検察に、殺される」(ベスト新書)、「ルポ 原発難民」(潮出版社)、「アスベスト禍」(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部

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