「自尊心」は高い方が成功しやすいのか 心理学の研究で分かった「困った時の対処法の違い」とは
やっかいな自尊心
2022年を象徴する楽曲の1つと評価を受けたのが、水曜日のカンパネラの「エジソン」だった。「踊るエジソン 自尊心」のリピートが、耳から離れないなんて方もいるだろう。
ポップミュージックの歌詞に出てくる単語としては比較的珍しい「自尊心」だが、日常会話ではよく出てくる。「あの人は自尊心が高すぎてちょっと苦手」「彼は自尊心が低くて卑屈な印象だね」――。こういう場合は、「自己評価」とほぼ同義で使われていると言っていいだろう。もっと平たく言えば「自信」とも言えるかもしれない。「自信満々」なのか、それとも「自信なさげ」なのか。一般的には「自尊心が低い人」つまりは「自己評価が低い人」「自信がない人」への評価は低くなりがちだ。頼りない、弱弱しい、ネガティブだ、そんな奴がうまくやってのけるとは思えない――そんなところだろうか。しかし、実は「自尊心」と「成功」との関係はそうシンプルではない。そんな心理学の研究結果が出ているのだという。橘玲氏の著書『バカと無知―人間、この不都合な生きもの―』では、自尊心についての海外の研究などをもとに解説をしている。以下、同書をもとに見てみよう(引用はすべて『バカと無知』より)。
橘氏によると、「自尊心が高いとなにもかもうまくいく」「自尊心が低いとなにをやってもうまくいかない」という“常識”にはエビデンスがないのだという。
つまり心理学等の研究では、そんな結論は出ていないということである。
大量の研究で明らかになったこと
自尊心についての大量の研究で明らかになったのは、「うまくいくと自尊心が高まり、うまくいかないと自尊心が低くなる」という身もフタもない事実だけなのだ。
自尊心が他者の評価の反映だと考えれば、これは当たり前の話でもある。
他人からの評価は最低なのに、自己評価だけは高いという人もいるにはいるが、通常、両者は密接に関係している。他人が「すごい」と口々に褒めてくれれば、自尊心だって高くなるというものである。
ただ、自分自身の自尊心についてはある程度自覚できるだろうが、他人のそれを知るのは結構難しい。その人の内心はわからない。
アメリカの心理学者ボスとヘザートンは、自尊心の性質を調べるために、次のような実験を行った。被験者は心理学を学ぶ大学生である。
平均「12点満点中1点」のテストで
「この実験では、標準的な質問で被験者の自尊心を測ったあと、制限時間4分の知能テストを受けさせた。テストは難しく、参加者の平均得点は12点満点中1点だった。
時間になると被験者は試験官に答案を提出し、その場で採点された。試験官は不正解に赤ペンでバツ印をつけ、点数の低さに驚いたような顔をすると、『正解を見てください』と解答を置いて席を立った。そこには、他の学生の平均得点が9点だという(ニセの)資料が添えられていた。
被験者は、このテストは学業成績や将来の年収などを予測するものだと告げられた。かわいそうな学生たちは、『自分は優秀だ』という自信を粉々に打ち砕かれてしまったのだ」
要するに、誰も高得点を取れないテストをやらせたうえで、「あなたの点数は平均よりもはるかに低い」と伝えて落胆させ、自尊心を低くしてしまうのだ。ほとんどバラエティー番組のドッキリのようだが、心理学ではこの種の実験は珍しくない。
もちろんこれで終わったら単なるドッキリかイジメになる。本題はここからである。
「準備が整うと、研究者は(自我が揺らいだ)学生に、『これからあなたの適性を調べるコンピュータ検査を行ないますが、時間制限があるため、すべてに答えることはできません。ここからあなたが知りたいことを選んでください』と、10項目のリストを渡した」
自尊心の高低の差で分かれたこととは?
「リストのうち3つは、『どのような職業で将来活躍できるか』といった“能力”に関するもの、3つは『他のひとはあなたをどう見ているのか』など“対人関係”に関するもの、残りの4つは『音楽やスポーツの適性は?』のような雑多な分野だ。
興味深いことに、最初の標準的な質問で自尊心の高かった学生と、低かった学生とで、テストのあとの関心がはっきり分かれた。前者は自分の能力についての適性を、後者は対人関係についての適性を知りたがったのだ」
あなたの能力は周囲と比べてとても低い――こんな悲しい現実を突きつけられた時に、もともと備えている自尊心が高い学生は「どのような職業で活躍できるか」等、能力に関することに関心を示した。一方でもともと自尊心が低い学生は「他の人はあなたをどう見ているか」等、人間関係に関することを知りたがった。
この違いは、両者は自分の自我(自尊心)が脅威にさらされたときの対処法が異なるからだと研究者たちは考えた。
自尊心メーター
「わたしたちはみな、高精度の『自尊心メーター』をもっていて、(無意識のうちに)自尊心を高く保とうと死に物狂いの努力をしている。自尊心が下がるような出来事に遭遇すれば、なんとかして失ったものを回復させなければならない。
このとき、もともとの自尊心が高い学生は、『どうすれば自分の能力をもっと発揮できるようになるか』に関心をもった。それに対してもともと自尊心が低い学生は、『どうすればもっと他人から好かれるのか』を考えたのだ」
この実験から導き出せる仮説は、以下の通りである。
「自尊心の高低は個人主義と集団主義に関係していることがわかる。自尊心の高い学生は自分の能力を活かすことで、自尊心の低い学生は対人関係のスキルを磨くことで、“危機”を乗り越えようとするのだ」
ここまで読んで「自尊心が高い方が能力を活かそうとしているんなら、やっぱり成功しやすいのでは」と思う方もいるかもしれない。
しかし、ことはそう簡単ではない。
研究者は、続いて、被験者の学生たちを別の学生と議論させてみた。
すると、自尊心の高い学生の好感度は低くなり、自尊心の低い学生の好感度は高くなったのだ。
どちらのタイプが成功するのか
「自尊心が高い人は高慢な印象を与えるということだ」と考えては早合点である。この研究では、自我に脅威を与えていない学生についても同時に調べている。つまりテストを受けさせて、こちらのグループには偽の低評価を伝えていない。
ただし、彼らの自尊心の高低はやはり事前に調べている。すると、こちらのグループでは、自尊心が高い学生と低い学生との好感度に差は出なかったのだ。
あくまでも自尊心が傷つけられた場合に、それを「能力」によって回復させようとした学生(=個人主義者)は、他の学生から「傲慢」「無礼」「非協力的」などと見られた。それに対して、「対人関係」で傷ついた自尊心を回復させようとした学生(=集団主義者)は、「正直」「控えめ」「温和」などと思われたのだ。
ではどちらのタイプが社会において成功するのか。この問いについて考えるには、今度はその「社会」の性質を考える必要がある。
同調圧力の強い日本では
「研究者たちは、個人主義的な文化では自尊心が高いことが評価されるが、集団主義的な文化では、周囲とうまくやっていくことが重要なので、それが自尊心に反映されるのではないかと述べている。(略)
アメリカのような個人主義的な文化で自尊心が高くなり、日本のような集団主義的な文化で自尊心が低くなるというのだ。
実際、さまざまな国際比較で、日本人の自尊心(自己肯定感)がきわめて低いことが繰り返し示されている。日本、アメリカ、中国、韓国の高校生に『人並みの能力があると思うか?』と訊いた調査では、『とてもそう思う』『まあそう思う』と答えた割合は日本が最低だった(もっとも高いのは中国とアメリカ)。
同調圧力の強い日本では、『空気』を読むために、つねに周囲の反応を気にしていなければならない。ところが自尊心が高いと、誰かから批判されるなど自我が脅威にさらされたとき、無意識のうちに傲慢に振る舞ってしまう。
こうしたKY(空気が読めない)はムラ社会から排除され、遺伝子を後世に残すことができなかったので、日本には自尊心の低い者しか残らなかった……。
この仮説はそれなりの説得力があるが、話が出来すぎているようにも感じられる。所属する集団や生まれた国によって、自尊心が高いか低いかが自動的に決まるのだろうか。
生きていくうえで、個人の能力も、他者と協調することもどちらも重要だ。無能な人間と同じく、誰ともうまくやっていくことができない人間も、困難な人生を歩むことになるのは間違いない」
自我が脅かされた状況での行動を観察
現実社会では所属する組織によっても、最適な対応は異なるだろう。きわめて日本的な組織であれば、空気を読む力が求められるだろうし、外資系企業などでは個人主義的な振る舞いが高い評価を得やすいかもしれない。
そう考えると、やはり自尊心が高い方がいい、あるいは低い方がいいといったことは簡単には言えないという結論になってしまう。
ただし、橘氏はこの研究を踏まえたうえで、こう読者に勧めている。
「今度から、学校や会社で周囲のひとたちが、自我が脅かされた状況でどのように行動するかを観察してみよう。思わぬ発見があるかもしれない」
たとえば思わぬ失敗、ミスが発覚した時に同僚や上司がどのような言動を示すのか。
ひたすら自分でそれをカバーしようとするのか、それとも周囲に相談したり頭を下げたりして収拾を図るのか。そんな時にその人の本性が見えてくるということだろうか。
※『バカと無知―人間、この不都合な生きもの―』より一部を抜粋して構成。
〈参考文献:Kathleen D. Vohs and Todd F. Heatherton(2002)Self-Esteem and Threats to Self: Implications for Self-Construals and Interpersonal Perceptions, Journal of Personality and Social Psychology〉