マッチングアプリ「焼き肉デートおごりおごられ論争」 アカウントを削除した男性に送る言葉「人はなぜ他人のもめ事にわざわざ怒るのか」

国内 社会

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「おごりでないことに逆ギレ」と

 先日、マッチングアプリでのもめ事がSNSで流出し、物議を醸したことがあった。流出させた当人は「なんで怒ってるのか理解できない」とつぶやき、その後、アカウントを削除した。この一件は、「焼き肉デートおごりおごられ論争」などといった名称で、ネットニュースのネタとしても取り上げられている。

 まずは、投稿主が「なんで怒ってるのか理解できない」とつぶやくに至るまでの流れを振り返っておこう。

 ツイッターに投稿した男性は〈マッチングアプリの女がヤバすぎる〉とつぶやき、〈焼肉行こうって話になる→大衆的な焼肉屋を提案する→送迎を要求してくる→わりと高めな焼肉屋にランクアップを要求してくる→奢りでないことに逆ギレ〉と続けた。

 投稿主が同時に貼り付けたLINEのやり取りによると、相手の女性が「可能なら仕事終わりに迎えに来てほしい」と伝えたところ、男性は「迎えに行くのは大丈夫だが、指定された焼き肉店はちょっと高めだからいくらか出してもらえるか」と提案。

 間髪入れずに女性からその日に行けない旨を告げられた。女性は男性がプロフィールに「デート費用全額負担」と書いてあることを指摘し、「当該の焼き肉店はそこまで高額でもない。年収表記に偽りはないか?」と続けた。

なぜわざわざネガティブな情報を見に行くのか

 一方の男性は、「年収にウソはなく、そんなに焼き肉店が高額ではないと思うなら自分で稼いだお金で食べに行けばいいのではないか」と返答した。

 そして、〈マッチングアプリは男女関係なくヤバい人多いみたいです。なんで怒ってるのか理解できない〉などとつぶやいて、ツイッターのアカウントを削除するに至った。

 やり取りを公開したことなどで男性への批判がかなり重なり、プチ炎上的状況に陥ったことも影響しているとみられる。
 
 この男性の振る舞いへの評価はさておき、直接関係ない人たちが興味を持ち、男性の対応を批判したり怒ったりする理由は何だろうか。
 
 今回の一件に限らず、SNS上ではどちらかというと、ポジティブな話題よりもネガティブな話題のほうが拡散しやすい、あるいは強い反応を招きやすいようにも見える。いや、昔からマスコミが伝えるニュースも同じだろう。ニュース番組が明るい話題だけで占められることは滅多にない。
 
 特にSNSの場合、今回のように極めて個人的なトラブルでも、「ネタ」として広められ、読んだ人たちから怒りのエネルギーを向けられることは珍しくない。
 
 本来、ほとんどの人にとってはまったく無関係なはずのトラブルなのだが――。
 
 このように見ると、焼き肉トラブル男性が“遺言”のように残していった「なんで怒ってるのか」というのは、現代社会について考えるうえでの深遠な問いだといえるかもしれない(本人にそんな意図はないにせよ)。

 なぜ人はわざわざネガティブな情報を見に行って、怒ったり嘆いたりするのか。

2種類の火災報知機

 この問いに、一つの答えを示しているのが、ベストセラーとなっている橘玲著『バカと無知―人間、この不都合な生きもの―』である。橘氏は、まず私たちの脳内にあるセンサーを例にしながら、進化論、生物学などをもとに脳の特性について論じている。抜粋して紹介してみよう(以下、引用はすべて同書より)。

「2種類の火災報知機があって、いずれかを選べるとしよう。A社の製品は感度が高く、火事を素早く察知するが、料理に油を使ったりするとすぐにけたたましく鳴りはじめる。B社の製品は逆で、感度が低めに設定されているので誤警報は少ないが、気付いたときには火の手が部屋中に広がってしまう。

 A社の火災報知機を選ぶと不愉快なことが多いものの(警報が鳴るたびに警備会社に連絡しなくてはならない)、出火をすぐに消し止めたり、それが無理でも子どもを連れて避難できるから、最悪の事態を避けられる。B社の火災報知機を選ぶと毎日快適に過ごせるし、そのまま何年、何十年と過ぎていくかもしれないが、万が一火事になったら家族全員が焼け死んでしまう。(略)

 あらゆる生き物は、生存と生殖を最適化するよう長大な進化の過程で「設計」されてきた。生き延びられなければ生殖できないし、生殖しなければ子孫を残すことができない。わたしたちが「いまここ」に存在するのは、このきびしい競争(自然淘汰)に勝ち残った末裔だからだ。――現代の進化論では、『利己的な遺伝子』のプログラムが生得的に埋め込まれているのだと説明する」(同)

よいニュースよりも悪いニュースに

「安全と快適さのトレードオフ(『こちらを立てればあちらが立たない』こと)では、冷徹な進化がどちらを選んだかは考えるまでもない。非常ベルが頻繁に鳴れば幸福度や満足度が下がるかもしれないが、大事なときに警報が鳴らずに子孫(遺伝子)を残せないよりずっとマシだ。残念ながら、進化の目的はあなたの幸福ではないのだ。

 わたしたちの脳には、きわめて感度の高い火災報知機が備えつけられている。高度なセンサーが周囲につねに気を配り、ちょっとでも不穏なことがあると、とてつもない災厄であるかのように警報を鳴らす。人類が進化の大半を過ごしたアフリカのサバンナでは、近くの茂みが揺れたなら、風のせいだと無視してのんびりするより、ライオンが潜んでいると飛びのいて逃げ出したほうがずっと生存率が高かっただろう。

 このようにしてわたしたちは、よいニュースよりも悪いニュースに強く反応するようになった。殺人事件の件数は1950年代から一貫して減少傾向にあり、日本社会はどんどん安全になっているが、それによって逆に、たまに起きる異様な事件に注目が集まって大騒ぎになる。こうして、事実(ファクト)とは逆に『体感治安』が悪化していく」(同)

 しかし現代社会は、アフリカのサバンナでの暮らしとは大きく異なる。わざわざ無関係の人のトラブルにまで首を突っ込む必要はないのではないか。

 人間のそんな行動の背景には、集団生活が関係しているのだ、と橘氏は説く。

集団から排除されることはすなわち死

「脳はよい出来事よりも悪い出来事を強く経験し、記憶するよう『設計』されている。

 人類は進化の歴史の大半で、最大で150人ほどの共同体で生活していた。環境は厳しく一人では生きていくことができないから、集団から排除されることはすなわち死を意味した。これが強い進化の淘汰圧になって、相手が何を考えているかを素早く察知したり(メンタライジング)、相手の気持ちを感じたりする(共感力)向社会的な能力を発達させていった。

 共同体から追放されると死んでしまうのだから、そのようなリスクを知らせる警報器はものすごく強力でなければならない。仲間から拒絶されたり、年長者から威嚇されたりした体験を記憶できず、同じ失敗を何度も繰り返すKYな(空気の読めない)個体は、進化のプールからすみやかに取り除かれてしまっただろう。(略)

 現代のような『とてつもなくゆたかな社会』では、一人で生きていくのにさほどの困難はないから、集団からの排除が生存の危機に直結することはない。ここでも問題は、それにもかかわらず、ちょっとした人間関係のトラブルでとんでもない音量で警報器が鳴り響くことだ」(同)

 この警報機の敏感さが、時に学校のいじめ、会社でのハラスメントに苦しむことにもつながるのだという。

いじめやパワハラはヒトの本性

「客観的に考えれば、学校でたまたまいっしょのクラスになっただけの関係にさしたる意味はない。同世代の男女は日本中にたくさんいるし、世界に視野を広げればさらに膨大な数になる。30~40人ほどの『級友』が、個人の人生にとって決定的な価値があるというのはバカげている。

 だが脳(無意識)はこのように論理的には考えないので、学校でいじめの標的にされると『このままでは死んでしまう!』とパニックに陥り、会社でのハラスメントがうつ病や自殺につながる悲劇が跡を絶たない」(同)

 ともすれば、こうした問題を論じる際に、「日本のムラ社会的性質」が原因だとする向きもある。しかし、橘氏によればこれは人類共通の問題なのだという。

「いじめやパワハラはヒトの本性(社会性)なので、日本だけでなく海外でも深刻な問題になっている。

 アメリカの調査では、従業員のおよそ3人に1人がハラスメントの被害を受けた経験があるという。だが困惑するのは、同じ調査で、パワハラの加害者になったことがあると答えたのはわずか0.05%(2千人に1人)だったことだ」(同)

他人の言動に敏感に反応してしまうのは

「脳の基本的な仕様は、『被害』を極端に過大評価し、『加害』を極端に過小評価するようになっている。被害の記憶はものすごく重要だが、加害の記憶にはなんの価値もない。これが人間関係から国と国との『歴史問題』まで、事態を紛糾させる原因になっている。

 わたしたちは当然のように、被害と加害をセットで考えるが、被害者と加害者では同じ出来事(現実)をまったく異なるものと認識している。この大きな落差を理解しないと、自分が『(絶対的な)正義』で相手は『(絶対的な)悪』というレッテルを押し付け合って、収拾のつかないことになる(例を挙げるまでもなく、あちこちでよく見かけるだろう)」(同)

 炎上男性は「なんで怒ってるのか理解」できなかったのかもしれない。しかし、他人の言動に敏感に反応してしまうのは、生物としての人間の本性と深く関係しているということなのだ。

※橘玲著『バカと無知―人間、この不都合な生きもの―』より一部を抜粋、再編集。

橘 玲(たちばな・あきら)
1959年生まれ。作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』が30万部超のベストセラーに。『永遠の旅行者』は第19回山本周五郎賞候補となり、『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で2017新書大賞を受賞。

デイリー新潮編集部

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