がんにも成人病にもならない「山村の小さな人たち」――身長と寿命の驚くべき関係が判明
「身長と寿命の驚くべき法則が判明(後編)」
前編でご紹介した通り、「体の大きさ」と「寿命」とには密接な関係がある。
デンマークの分子生物学者、ニクラス・ブレンボー氏の著書『寿命ハック―死なない細胞、老いない身体―』によれば、「大きな動物は小さな動物よりも長生きしやすい。しかし同じ種の中では小さいほうが長寿である」といえるのだという。
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このルールを人類に当てはめれば、背の低い人は高い人よりも長生きだということになる。果たしてそうなのか。実生活ではワリを食っていることが多い「小さい人」たちは、長い目で見ると健康長寿を享受しているのか。
同書には、海外の「小人症」の人たちにまつわる驚くべき事例と長寿にまつわる最新の研究成果が紹介されている(以下、『寿命ハック』から抜粋・引用)
(前後編の後編/前編を読む)
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山村の小さな人たち
スペイン人が初めてアメリカ大陸に足を踏み入れてからおよそ500年後、南米のエクアドルで、研修を終えたばかりの若い医師が子供の頃から不思議に思っていたことに思いを巡らせていた。ハイメ・ゲバラ・アギーレという名のこの医師は、幼い頃に故郷の近くで何人もの小人症の人に会ったことを覚えていた。医学博士になったばかりの彼は、小人症の原因を解き明かすことを思い立ち、ロハ県の山間部にある故郷に戻った。そこから目的地の山村までは馬に乗っていくしかない。しかし、その苦労は報われた。記憶していた通り、自分の親族のミニチュアのような人々に会うことができた。
彼らは皆、ラロン症候群だった。また、彼ら自身は知らなかったが、イスラエルのラロン症候群患者の遠い親戚でもあった。このエクアドルの患者たちは、キリスト教に改宗した後にアメリカに渡ったスペイン系ユダヤ人の血をいくらか引いていた。
一方、イスラエルの患者たちは、信仰を守るためにスペインを離れるという、逆の選択をしたスペイン系ユダヤ人の子孫だった。歴史の曲がり角で、この二つの集団は別々の道を選んだが、ラロン症候群が彼らを再び引き合わせたのだ。現在では、彼らの祖先の誰かに成長ホルモン受容体遺伝子の変異が起きたことがわかっている。もっとも、変異した遺伝子を一つ受け継ぐだけでは、ラロン症候群は発症しない。もう一方の親から受け継いだ正常な遺伝子が働くので、身長が普通の人より数センチメートル低くなるだけだ。ところが、変異した遺伝子を両方の親から受け継ぐと、正常に機能する受容体がないため、ラロン症候群を発症する。現在のイスラエルでは、ラロン症候群はまれだ。父親と母親がどちらもラロン症候群の変異を持っていて、それを子どもが受け継ぐことはまずありえないからだ。一方、ロハ県の辺ぴな山奥にある村では、ラロン症候群はより一般的だ。理由はバーンのアーミッシュの場合と同じだ。この地域は孤立していて、もともと移住したのは少人数の集団だった。それらの人々が近親交配を繰り返し、人口が増えるにしたがって、ラロン症候群の数も増えていったのだ。
がんにならない人たち
つまりゲバラ・アギーレは、ラロン症候群を研究するのに最適な場所を知っていたのである。彼はさっそく研究にとりかかり、じきに驚くべき発見をした。ラロン症候群の患者はほとんどがんにならないことがわかったのだ。長い研究期間を通じて、発見されたがん患者はひとりだけだった。がんは腫瘍の過剰な成長を特徴とするので、成長ホルモンの欠如ががんを防ぐのは、理にかなっているように思える。しかし、ラロン症候群の患者は、他の加齢に伴う病気にもならない。心血管疾患にも認知症にも糖尿病にもならず、ニキビさえできないのだ。エクアドルのラロン症候群の患者の多くは太りすぎで、加工食品を多く取っていたのだが。まるで、不健康な生活をしていてもラロン症候群の変異遺伝子が病気から守ってくれているかのようだ。
ラロン症候群のネズミ
ラロン症候群を研究するために、研究者たちは成長ホルモン受容体に欠陥のあるマウスを作った。人間の患者と同じく、これらのマウスもかなり小さいが、体のバランスは普通だった。そして、ラロン症候群の人々と同じく、驚くほど健康で、通常のマウスよりずっと長生きした。ラロン症候群のマウスは、通常のマウスより寿命が16~55パーセント長いのだ。先に述べた体の大きさと寿命に関するルールを思い出してほしい。一般に、大型の動物種は小型の動物種より長生きするが、それぞれの種の中では往々にして小さい個体ほど長生きする。そして、ラロン症候群のマウスはマウスの中で特に小さい。ライバルになり得るのはエームズ・ドワーフマウスだろう。その名前が示すように、このマウスも小さく、実はマウスの長寿記録を持っている。このマウスが小さいのは、ラロン症候群のマウスが小さいのと似たような理由からだ。下垂体に欠陥があり、成長ホルモンがまったく生成されないのである。
では、人間はどうだろう? 動物王国では小さな個体ほど長生きしやすいのであれば、背の高い人は心配すべきだろうか。フランスのジャンヌ・カルマンという女性は、122歳164日という世界最長寿を記録した。彼女の並外れたもう一つの特徴は、身長が150センチメートルしかなかったことだ。長寿ランキングでカルマンのすぐ下のアメリカ人、サラ・ナウスは140センチ。それに続くマリー=ルイーズ・メイユールはカルマンと同じ150センチ。その下のエンマ・モラーノは152センチだ。もっとも、彼女らは皆、人間の身長が今より低い時代に生まれた。しかし、最も長寿だった人々について調べると、バスケットボールチームを組むには――その人たちが生きた時代においてさえ――不向きだったことがすぐわかるだろう。
集団レベルで見ても、身長と長寿には同様のつながりが見られる。北ヨーロッパの人々は、国が裕福であるにもかかわらず、平均して南ヨーロッパや東アジアの人々より寿命が短い。そう、北ヨーロッパの人々は、南ヨーロッパや東アジアの人々より背が高い。それで説明がつくかもしれない。
別の例として、アメリカの社会学者はヒスパニック・パラドックスと呼ばれる現象を不思議に思っていた。アメリカのヒスパニック系には白人より長生きする傾向が見られるのだ。白人はヒスパニック系より裕福で高学歴で肥満率が低い。理論上は長生きするはずだ。もっとも、ヒスパニック系の方が身長は低い。
沖縄県民の身長と寿命
三つ目の例はブルーゾーンだ。日本は先進諸国の中で国民の身長が最も低いが、その中にあって沖縄は県民の身長がきわだって低い。また、サルディーニャ島はヨーロッパで住民の身長が最も低い地域の一つだ。男性の平均身長は168センチメートルで、イタリア人の平均より10センチ近く低く、ヨーロッパで最も身長が高い集団より、およそ15センチ低い。これには遺伝的な要因があり、興味深いことに、その一つはラロン変異体で、サルディーニャ人の0.87パーセントがそれを保有している。その割合は世界でもきわめて高いが、エクアドルのロハ県の人々に比べると明らかに低い。
しかし、こうしたことのすべてが意味するのは、身長が高い人は早死にする運命にある、ということではない。あるいは逆に、身長が低い人は長寿を期待できるというわけでもない。これらはあくまで平均値だ。身長が低くて短命の人は多いし、身長が高くて健康で長生きする人も多い。しかし、平均すると、身長と寿命の間には明らかに関連がある。そして、それは加齢についても何かを教えてくれそうだ。
背の低い人が長寿な理由
身長そのものが老化の原因でないのは確かだ。仮に人を圧縮して身長を低くしても、その人が突然長寿になるわけではない――おそらく、逆だろう。では、背の低い人が背の高い人より長生きするのはなぜだろう。理由の一つに大柄な人は小柄な人より細胞が多いことが挙げられる。細胞が多ければがんになる細胞も多いため、がんにかかるリスクが少し高くなる。だが、それだけではこの現象を説明するには不十分だ。むしろ、背の高さは成長ホルモンへの反応の強さを示しているというのが説明になりそうだ。背が高いことは、成長ホルモンが多い、あるいは反応しやすいことを意味しているのかもしれない。
長寿の秘訣(ひけつ)を明かすために、成長ホルモンについて掘り下げる必要がある。エームズ・ドワーフマウスが小さい原因である下垂体から見ていこう。下垂体は脳のすぐ下にあり、成長ホルモンを分泌するが、成長ホルモンはその名にもかかわらず成長に関与していない――少なくとも直接的には。その代わり、肝臓まで運ばれていって、成長ホルモン受容体と結合する。この結合によって肝臓は“もう一つの”ホルモンを作る。それはIGF‐1(インスリン様成長因子1)と呼ばれ、これが人間を成長させる。したがって、ラロン症候群は成長ホルモンによってではなく、合成されたIGF‐1によって治療できる。
アンチエイジング研究の最先端
ところで、人は身長を少々低くしても、長生きしたいと思うものだろうか。その答えは、何を優先するかによるだろうが、いずれにしても、IGF‐1の働きを阻害することは有効だ。加齢に伴う病気は成長期よりずっと後に現れるので、まずは身長を高くしておいて、高齢になってからIGF‐1の働きを阻害して、がんやその他の加齢性疾患のリスクを減らすことは理論上、可能だ。長生きもできるかもしれない。
だが、意外なことに、成長ホルモンとそれが作り出すIGF‐1は、1980年代から「アンチエイジング」の特効薬と見なされてきた。成長ホルモンは筋肉の成長を促すため、発見以来、ボディービルダーに人気のサプリメントになっている。しかし、年配のボディービルダーたちは、IGF‐1を注射すればそれ以上の効果があることに気付いた。若返って、エネルギーが沸き上がるように感じるのだ。こうして成長ホルモンで老化と闘うというアイデアが生まれた。
なんとも皮肉な成り行きだが、若くエネルギッシュだと感じることは、それだけで価値があるだろう。その上、成長ホルモンの支持者の主張にはいくらか真実もある。老化を遅らせることに関して、IGF‐1には確かにプラスの効果があるのだ。まず、IGF‐1は筋肉や骨の成長を促進する。アニメのヒーローのように筋骨隆々になるのはむしろ不健康だが、老齢になっても筋肉と骨を強く保つことは大切だ。加えて、IGF‐1は免疫機能を向上させる。それも、わたしたちが望むものだ。なぜなら、年を取るにつれて、免疫システムは弱くなり、攻撃力を失うからだ。感染症やがんと闘おうとする人にとって良いことではない。
このようにIGF‐1には良い側面もあり、単純に「IGF‐1=悪」とは言い切れない。問題は、IGF‐1が多目的ホルモンで、多くの機能を持つことだ。人間の体は、こうした多機能性を好む。例えばホルモンのオキシトシンは人と人の絆を深めるが、子宮の筋肉を収縮させるので、分娩を誘発するために病院で使われる。
IGF‐1にもさまざまな機能があるので、そのうちのどれが老化を進めるのかを理解するには、まずそれらを区別しなければならない。線虫を使う巧妙な研究で区別を試みた研究者たちがいる。彼らはIGF‐1の働きを神経系で阻害するのは有益であることを突き止めた。一方、筋組織で阻害すると、線虫は通常より“早く”死んだ。この結果が示唆するのは、IGF‐1の働きをひとまとめに抑え込むのは得策でない、ということだ。もしかすると、将来、人を若返らせるために最適のタイミングと場所でIGF‐1を抑制する治療法が確立されるかもしれない。しかし、現在わかっている機能の複雑さからすると、それを人間で調べるのは難しいだろう。
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まとめると、次のようになる。
・ラロン症候群の人たちは成人病にかかりづらく、長寿である
・彼らに限らず、背の低い人の平均寿命は長い
・ラロン症候群の人たちの身長を伸ばすには「IGF‐1」という成長ホルモンを投与すれば良いと考えられる
・成長ホルモンはある種の「アンチエイジング」には有効だと見られている
・ただしその結果として健康を損なう可能性もある
あちらを立てればこちらが立たず、という感じもするのだが、最適なアンチエイジングや長寿の方法は今も世界中で研究が進められているのである。ニクラス氏は『寿命ハック』の中で以下のように述べている。
「医学の進歩が続けば、いずれは老化を克服できるはずだ。問題は、いつそうなるか、である。50年後に誰かが本書を見つけて、内容の単純さに苦笑し、50年間になされた多くの発見に感謝することをわたしは願っている。だが老化との闘いが50年かかるか500年、あるいは5千年かかるかは、誰にもわからない。いつかは老化に悩まされる最後の世代が誕生するだろう。それが、わたしたちであればよいのだが、残念ながら、わたしたちはそれほど幸運ではなさそうだ」
【前編を読む】「背が低い」ことは生き残りに不利ではない――身長と寿命の驚くべき法則が判明
※『寿命ハック―死なない細胞、老いない身体―』より一部抜粋・再構成。