390歳のサメ、119歳の日本人 生物界の「長寿チャンピオン」は誰か? 不老不死の奥深き世界

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390歳のサメ

 不老不死に憧れる人がどのくらいいるかはわからないが、健康長寿を望む人が多いのは間違いない。

 昨年亡くなった119歳の日本人女性はギネスで世界最高齢にも認定されていた。生まれは明治36年。日清戦争の後、日露戦争の前である。

 今のところ人間の場合、どんなに長生きでも100歳台の前半までが限界となっているようだが、生物全体を見れば当然、もっと長寿を誇る生き物がいる。

 デンマークの分子生物学者、ニクラス・ブレンボー氏が著書『寿命ハック―死なない細胞、老いない身体―』の冒頭で紹介しているのは、グリーンランド・シャークという全長6メートルのサメ。推定で390歳、もっと長く生きるだろうと予測されている。

 このサメはタイタニック号が沈没したときにはもう281歳の高齢者だった。脊椎動物の中では、これまで記録された中で最も長寿の動物なのだという。

 では脊椎動物という枠を払い、もっと広い視野で「長寿」の生命を探してみたらどうなるのか。同書をもとに見てみよう。

一番長生きの「木」は

 いきなり「反則だ」と言われるかもしれないが、「木」の寿命はどうだろうか。樹齢何百年、といった木は珍しくない。屋久杉にいたっては、2千年ほどではないかとされている。

 しかし、ニクラス氏によれば、「木の最高齢者」はもっと長寿だ。

「単一の木で最高齢の『メトシェラ』(聖書に登場するユダヤの族長で、969年生きたとされる)は、樹齢5千年のヒッコリーマツだ。カリフォルニア州ホワイト山地にあるが、木を守るために場所は秘密にされている。この木が地面から芽を出した頃、エジプトではピラミッドがまだ建設中で、シベリアのウランゲリ島では最後のマンモスの群れがさまよっていた。

 ところが、このメトシェラでさえ、木の最高齢者に比べるとたいしたことはない。ホワイト山地の560キロメートル北東にあるユタ州フィッシュレイク国立森林公園には、『パンド』(ラテン語で「広がる」の意)と呼ばれるアメリカヤマナラシがある。パンドは単一の木ではなく一種の超個体だ。根の巨大なネットワークがニューヨークにあるセントラルパークの約8分の1の土地(約43万平方メートル)に張り巡らされている。

 パンドは地球上で最も重い有機体だ。この根のネットワークから4万本以上のアメリカヤマナラシが生えている。木の大半は100~130年生き、嵐や火事などで枯れる。それでも、パンドは絶えず新たな木を芽吹かせる。この超個体は1万4千年以上生きている」

何百万年も休眠できる

 木を持ち出すのはズルい、というのならばバクテリアはどうだろうか。その寿命を延ばすテクニックは、SFのコールドスリープを連想させる。

「ある種のバクテリアは一種の休眠状態に入ることができる。このバクテリアはストレスにさらされると、種子のようなコンパクトな構造に変身する。それは芽胞(がほう)と呼ばれ、自然界に存在するあらゆるストレスに耐えられる。高熱や強い紫外線にさらされても平気だ。もはや死んでしまったかのように、芽胞の中ではバクテリアの生命を維持するために必要なプロセスがすべて休止する。それでも芽胞は環境の変化を察知できる。状況が良くなれば自らを解き放ち、何事もなかったかのように再び活発なバクテリアに戻る。

 バクテリアが最長でどのくらい休眠状態でいられるのかはわかっていない。もしかすると限界はないのかもしれない。研究者が1万年以上前の地層から採取した芽胞を生き返らせることは珍しくない。何百万年もの休眠状態から目覚めたケースも報告されている」

ストレスがあると若返る

 さらに自然界には「不老不死」をほぼ実現している生物もいるのだという。

「わたしが『若返りテクニック』のチャンピオンと呼びたいのは、小さなベニクラゲだ。一般の人から見れば、退屈な生き物だ。指の爪ほどの小ささで、プランクトンを食べながら海中を漂って一生を過ごす。

 しかし、正しく調べれば、ベニクラゲは秘密を明かしてくれるかもしれない。

 この小さなクラゲが飢えや水温の急な変化といったストレスにさらされると不思議なことが起きる。成体がポリプ、すなわち成体の前の形体に戻るのだ。チョウがイモムシに戻るようなもので、人間で言えば、ストレスの多い仕事に飽き飽きして幼稚園児に戻るようなものだ。

 ベニクラゲはポリプに戻ることで実際に若返り、白紙状態から新たに成長していく。さらに衝撃的なことに、このクラゲはベンジャミン・バトン(小説・映画の主人公で、80歳で生まれ、年々若返っていく)の上を行き、何度も若返ることができる。もちろんベニクラゲは大海に漂う小さなクラゲなので永遠に生きられるわけではなく、いずれは何かに食べられてしまう。しかし安全な場所でなら“永遠に生きる”可能性は高い。ベニクラゲは老化研究が探し求める『生物学的な不老不死』という聖杯を体現しているといえそうだ。

 他にも、この若返り戦術を採用したものがいる。もう一つの『不老不死』のクラゲ、ヒドラと原始的な扁形動物プラナリアだ。プラナリアはベニクラゲと同じく食料が豊富な時には平凡な生活を送っている。しかし、食料が足りなくなると特殊なテクニックを披露する。

 なんと、自分を食べるのだ。重要でない部分から食べ始めて、ついには神経系だけになる。そうやって状況が好転することを願いつつ時間稼ぎをする。そして好転の兆しを察知すると体を再構築し、新たな生涯を始める。同じ頃に生まれてそのまま生きてきたプラナリアが老いて死んでいく一方で、この戦術によって若返ったプラナリアは元気いっぱいに泳ぎ回る。プラナリアは自己再生に長(た)けていて、半分に切られると二つの死体ではなく2匹の生きたプラナリアになる。

 これらの生物の魔法の秘密をいつか解き明かすことができたらどうなるだろう」

 実際にこうした生物の研究は世界各地で進められている。もちろん人体を半分に割って2人にするといった目的ではなく、健康や長寿につなげるための研究である。

『寿命ハック―死なない細胞、老いない身体―』より一部抜粋・再構成。

デイリー新潮編集部

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