百姓たちのゲリラ部隊が大暴れのドラマ「いちげき」 名もなき人たちの物語をじっくり楽しむ

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 みそかから正月三が日を一切仕事せずに過ごしたのは、ものすごく久しぶり。今年もよろしくお願いします。

 年末年始は各局がドラマ再放送の嵐。傑作との再会を喜ぶべきか、新作が作れない台所事情を嘆くべきか。いつもならスペシャルドラマも重なるはずがほぼかぶらず。NHKとテレ朝だけ。ということで、今年最初のドラマは「いちげき」。飛ぶ鳥を落としてひねって塩振って串焼きにする勢いの人気講談師・神田伯山を語り手に迎え、テンポよく軽妙な時代劇に仕上がっていた。

 何が好きかって、百姓の物語だからな。武士や貴族、権力者の物語は万人に好まれるし、歴史好きな人の酒のさかなには最高だ。でも、歴史の語り部や文化の継承者にはなりにくい、名もなき言葉もなき百姓たちの物語もじっくり観てみたいのよ。土とわらと糞にまみれ、富める者と強き者に虐げられ、働けど生活は苦しく、汚れた手をじっと見つめるような百姓の日々の募る思いを。

 主人公・丑五郎を演じたのは染谷将太。侍がふんぞり返って威張り散らす世の中に嫌気がさしている。妹(西野七瀬)が侍に手込めにされたこともあり、恨みと憎しみは強い。が、弟分で力自慢の米吉(高岸宏行)がある場所に誘う。それは元新選組隊士で冷徹&毒舌な島田(松田龍平)が催す試験会場で、腕力や脚力のある百姓を侍に取り立てるという。裏で糸をひくのは、勝海舟(尾美としのり)。というのも、薩摩藩の非公式武装集団「御用盗(ごようとう)」が狼藉を働き、江戸の治安が悪化していたから。御用盗討伐と表立って動けないため、幕府とは無縁の百姓たちを捨て駒にしたゲリラ部隊を作ろうとしたわけだ。

 選ばれたのは丑五郎と米吉以外に、上昇志向の強い市造(町田啓太)、年増好きの梅吉(細田善彦)、心優しい抜け作の仙太(岡山天音)、病気の祖母のために医者を呼びに走っていたら脚力がついた千代松(上川周作)、そして与太郎だが天気が読める和三郎(塚地武雅)もなぜか入隊。「一撃必殺隊」として訓練をするも、十分な護身術や兵法を会得する前に、奇襲命令に従うハメに。

 純朴な百姓たちがうっかり奇襲に成功して、心揺らぐ。白米をたらふく食べて、遊郭で遊び、調子に乗りながらも、人を斬った感覚が重く心にのしかかる。侍に憧れも憎しみも抱く複雑な思い。野蛮で残忍な幕末の過渡期、一瞬夢を見た百姓たちの悲劇も、そして多少は明るい未来も描いていた。

 根っこのテーマは重厚だが、全体的には正月エンタメ&NHK的ライトテイスト。兄を御用盗に殺された恨みを持ち、一撃必殺隊に加わるのが飯炊き娘のキク(伊藤沙莉)。江戸の腐女子的存在で笑ったわ。勝海舟は軽薄で無責任だし、薩摩藩の切れ者・相楽(じろう)は現代の権力者に通ずる卑怯者だし、ひとりだけこってり濃厚な薩摩藩士・伊牟田(杉本哲太)は重かったね。重さゆえに笑えたね。いわゆる時代劇の清さや悲壮感を求める人には物足りなかったか。私はこれくらいで丁度ええ。結局、人間はとどのつまり「米と糞」みたいな話だと思っているので。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2023年1月19日号掲載

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