常に先んじた技術力で社会の課題に挑む――岡田直樹(フジクラ取締役社長CEO)【佐藤優の頂上対決】

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技術力の復権へ

佐藤 フジクラはグローバル化が非常に進んでいて、全体の海外売上比率は70%だそうですね。

岡田 欧米、アジア、中東に中南米とほぼ世界中に進出しています。販売拠点や製造拠点が海外に40カ所ほどあります。

佐藤 コロナ禍では、世界中で光ファイバーの需要が非常に伸びたそうですね。

岡田 在宅勤務が普及し、情報のトラフィック(ネットワーク上でやりとりされる情報量)が非常に上がり、世界各国で情報通信のインフラ整備が進みました。つまり光ファイバー網が増強されるようになった。

佐藤 仕事もそうですが、ゲームや映像などの娯楽分野でも、もうネット抜きには成り立たなくなりましたからね。

岡田 各家庭の軒下まで光ファイバーが敷設されている割合をホームパス率と言います。日本はそれが非常に高く、99%超です。一方、アメリカは、40%いくかいかないか。ヨーロッパは各国でバラつきがありますが、イギリスで35%くらいです。

佐藤 そこに商機があった。

岡田 各国とも政府主導で光ファイバー網の導入を進めています。

佐藤 この革新的な光ケーブルであるSWR/WTCは、すでにどこかの国のインフラとして整備されているのですか。

岡田 はい。例えば、2019年からイギリスの大手電気通信事業者BTグループで採用されています。またロンドンの地下鉄に新設する5G通信ネットワーク網にも採用され、今年の7月から納入を始めました。

佐藤 それは大きな事業ですね。

岡田 納入するケーブルはどこも同じではありません。それぞれの要望に沿うようカスタマイズしています。BTの場合、ケーブルの敷設を、小さなパイプの中へ空気で流し込む「エアブローン工法」で行っています。私どもはそれに合わせたケーブルを作りました。

佐藤 空気圧で押し込むのですか。

岡田 はい、空気を流しながらキャタピラで入れていきます。この時、パイプとの摩擦がない方が遠くまで入れられますよね。ですからケーブルの表面に凹凸をつけパイプとの接触面積を小さくし、摩擦を減らしたのです。また素材も摩擦係数の少ないものに変えました。

佐藤 そうすることで、敷設が楽になる。

岡田 同時に敷設経費も削減できます。このエアブローン工法で、1回につき私どものケーブルをどのくらいの距離まで敷設できると思いますか。

佐藤 想像もつきません。

岡田 長いものですと、3キロにもなります。

佐藤 それはかなりの距離ですね。技術的に熟練を要するものなのですか。

岡田 BTで標準的に使われてきた工法ですから、特別な技術が必要というわけではないですね。一方、地下鉄で要求されるのは「燃えにくさ」です。そして万が一燃えても煙を出さないことが重要です。ヨーロッパはその基準が世界で最も厳しいのですが、この規格に適合したケーブルを開発し、イギリスの鉄道用途に採用していただきました。ケーブルの外側はプラスチック素材で、燃えやすいものです。そこで、高難燃性、かつ燃えても煙の出ない材料を開発しました。

佐藤 イギリスはテロが起きるリスクに敏感ですから。単なる事故だけではなく、事件にも備えなくてはならない。

岡田 なるほど、そういう背景もあるのでしょうね。

佐藤 フジクラの方々は、技術の探究というか、技術開発にかける情熱がすごいのでしょうね。

岡田 「ものづくり」においては、やはり技術がベースになりますから。ただ私がCEOになってから言っているのは、「技術のフジクラ」というブランドの“再構築”なんです。

佐藤 技術力が弱くなったとお感じなのですか。

岡田 そうではなく、マインドですね。ここしばらく「モノからコトへ」とか、サービスやソフトウエアにシフトするとか、社会全体にそうした雰囲気がありましたね。企業活動でも、異なる企業が得意分野を生かして協力する水平分業などがもてはやされました。ただ私どもとしては、これまで通り、きちんと「ものづくり」を大切にしていきたいんですね。

佐藤 先ほどのケーブルもそうですが、岡田社長はかなりのパテント(特許)を取っているのではないですか。

岡田 100件には届きませんが、数十件はあります。社内には、特許出願数の多い人を表彰するパテントマイスター制度があり、それを1度いただいています。

佐藤 そうした方が社長になられるのは、研究開発部門の人にとっては大きな励みになるでしょうね。私は常々、日本ではエンジニアに対する社会的な認知が不十分だと思っているんです。ヨーロッパだと、技術者は名刺にエンジニアと入れますね。エンジニアは博士と同じような受け止め方をされている。

岡田 弊社では技術系の社長は珍しくありませんが、そういう面はあるかもしれないですね。

佐藤 戦前は日本でも、役人の身分に「技師」があり、その下は「技手」でした。その技師は、博士と同じ扱いだったんです。だから戦後社会の専門家への処し方に問題がある。

岡田 私はこの会社が生き残っていくには、常に技術において先んじていくことが必要だと思っています。その認識が少し弱くなっていると思うのです。

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