韓国が西側陣営に戻らないのはなぜか 米中の間で右往左往し続けた尹錫悦の半年間

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THAADも対中包囲網も

――尹外交は迷走し始めた……。

鈴置:迷走は就任当初からです。大統領選挙当時、尹錫悦氏は公約として「THAAD(地上配備型ミサイル迎撃システム)の追加配備」を掲げました。ところが当選後は一切、音沙汰なし。

 さらには9月18日に掲載されたNYTとのインタビューで尹錫悦大統領は「その有効性を再検討する」と答え事実上、配備構想を撤回しました。詳しくは「二枚舌外交を極める尹錫悦 米中二股にいら立つバイデンの『お仕置き』のタイミング」でお読み下さい。

中国が早くも『尹錫悦叩き』、米国は『なんちゃって親米はやめろ』」で説明した通り、尹錫悦氏の当選直後から中国は追加配備に強い警告を発しました。撤回も中国の圧力の結果なのは間違いありません。

 米国は経済面でも中国封じ込めに動いています。その1つ、IPEF(インド太平洋経済枠組み)は中国抜きのサプライ・チェーン作りが目的で5月23日、J・バイデン(Joe Biden)大統領はじめ13カ国の首脳が創立を宣言しました。

 尹錫悦大統領もリモートで参加しましたが「開放性・包容性・透明性の原則で推進すべきだ」と演説し、IPEFから中国排除の色彩を払拭するのに懸命でした「『東アジアのトルコ』になりたい韓国、『獅子身中の虫』作戦で中国におべっか」参照)。

 中国抜きのサプライ・チェーン網の主戦場は半導体分野。米国はメモリー大国の韓国にも対中輸出規制に加わるよう求めています。具体的には米国以外に日本、台湾、韓国の4カ国が参加して半導体や製造装置の対中輸出を規制する「CHIP4」の設立を検討中です。

 韓国政府は参加の意向をにじませていますが8月27日、中国政府との間で円滑なサプライ・チェーンを約束するMOU(覚書)を交わしました。中国が「CHIP4」の無効化を狙い、韓国がそれに応じたということです(「二枚舌外交を極める尹錫悦 米中二股にいら立つバイデンの『お仕置き』のタイミング」参照)。

ペロシ面談拒否に激怒した米国

 韓国が米国を怒らせた最大の事件は、8月上旬に訪韓したN・ペロシ(Nancy Pelosi)下院議長との面談を尹錫悦大統領が拒否したことでしょう。ペロシ議長は中国を牽制するために台湾を訪問したその足で韓国に来ました。

 中国の怒りを恐れた韓国は、大統領は休暇中との理由で面談を拒絶したのです。保守系紙の批判もあって8月4日に急遽、電話協議をしました。しかし、同じソウルに居ながら電話で会話するという極めて不自然な形となり、韓国の「従中ぶり」が却って際立つ結果となりました。

 メンツを潰された米国は激怒。VOAは「韓国よ、舐めるな」と言わんばかりの記事を載せました。詳しくは「訪韓したペロシとの面談を謝絶した尹錫悦 中国は高笑いし、米国は『侮辱』と怒った」でお読みいただけます。

 韓国政府も「米国寄りの姿勢を打ちださないとまずい」と判断したのでしょう。11月11日、尹錫悦大統領の東南アジア歴訪の際に韓国版の「インド太平洋戦略」を発表しました。

「普遍的な価値と規範に基づいた国際秩序」を謳い、自由と民主主義の側に立つそぶりを見せたのです。しかし同時に、米中間での中立を標榜する「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)」を支持するとも声明、米国側には偏らないとの姿勢を打ち出しました。

 結局は中国におべっかを使ったのです(「韓国を日米韓の軍事協力体制に引き込んだバイデン、直後に中国にすり寄った尹錫悦」参照)。

慰安婦や徴用工はもう、聞きたくない

――米中間で右往左往する半年間だったのですね。

鈴置:その通りです。「米国側に戻る」などと、できないことを言わなければよかったのに、格好をつけたあげく米国の不信と怒りを誘う結果になってしまったのです。

――なぜ、格好をつけたのでしょうか。

鈴置:核武装を進める北朝鮮に対抗するには米国との同盟を強化するしかない、との判断でしょう。バイデン政権が2021年1月の就任直後から「中国側から米国側に戻れ」と韓国に明確に命じていました。「下手すれば米国に見捨てられる」と危機感を抱く保守派もいました。

 日本ではほとんど報じられていませんが「慰安婦や徴用工の話はもう、聞きたくない。反日を理由に離米従中するな」と米国は韓国に圧迫も加えました。『韓国民主政治の自壊』第3章第3節「『韓国は人権無視国家』と米国が認定」で詳述しています。

――ではなぜ、米国側に戻れないのでしょうか。

鈴置:中国やロシアが怖いからです。核保有国の中ロは日本にとっても脅威ですが、過去の戦争では勝ったこともある。米国と組めば何とかなる、と日本人は考えている。しかし、韓国は勝ったことがない。中ロに限らず、戦争というものに勝ったことがないと、難敵に立ち向かおうとの気概が持てないのです。

――でも韓国も、米国との同盟を結んでいます。

鈴置:バイデン氏も副大統領時代、朴槿恵(パク・クネ)大統領に
「ちゃんと守ってやるから、こちら側にいろ」との趣旨で説得したことがあります(『米韓同盟消滅』第3章第3節「墓穴を掘っても『告げ口』は止まらない」参照)。

 韓国だって米国との同盟を強化し、中ロに対抗する手はあるのです。しかし、国民にそんな覚悟は生まれない。今回、保守政権になっても米中間でうろうろするのを見るにつけ、韓国が信頼できる西側の国にはならないことがよく分かりました。

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