北新地ビル放火殺人事件から1年 「家族は二度殺された」犯罪被害者の苦しみ

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 2021年12月17日、大阪の繁華街・北新地の一角に建つビルは黒煙に包まれ、鼻をつく匂いが辺りに広がった。「西梅田こころとからだのクリニック」に通う患者26名が亡くなった北新地ビル放火殺人事件。ガソリンを撒いて火を放ち、自らもその中に飛び込んだ谷本盛雄容疑者(当時61)は病院に搬送されるも意識不明の状態が続き、12月30日に死亡した。

 谷本が第三者を自死の道連れに巻き込もうとする「拡大自殺」を図ったとの見方が強まったが、犯人亡きいま、動機は闇に包まれたままだ。

 発生から約1年が経過しようとしていた2021年12月6日、夫を奪われた遺族がコメントを発表した。

 以下がその内容だ。

〈あの日からもうすぐ1年がたとうとしています。あの日突然、私たちにとって最も大切な人が奪われました。全く知らない赤の他人に、命も思い描いていた未来もすべて奪われました。

 12月17日という日は本当に「なぜこの日なんだ」という日にちです。1週間後にクリスマスを控え、2週間後に大みそかを控え、クリスマスにこれしよう、年末年始はここに行こう、と話していたことは全てなくなりました。

 この1年あっという間でした。たくさんの人に助けられ生きてこられました。夫のあとを追い、死にたい衝動にかられながらもなんとかやってこられました。それは手を差し伸べてくれる人が想像以上に周りに多くいてくれたからです。

 でも、もう最愛の夫はこの世界のどこにもいない。この世の誰よりも大切な人はどこを探してもいないのです。そんな絶望的なことがありますか?〉

――痛切きわまる問いかけだ。私の取材に答えた女性は、まだ幼い子どもが父親のいなくなった理由を理解できないまま、少しずつその存在を忘れていくことを憂いてもいた。

 あの日に戻れたら……。彼女は幾度となくそう思い、いまも事件に囚われたままで、犯人が憎いと心境を明かした。

 遺族たちは、最愛の人を亡くした悲しみを背負うとともに、やり場のない憤りをも抱え込まなければならない状況にある。

立ちはだかる「お金」の問題

 さらに遺族らに追い打ちをかけるのが、犯罪被害に遭った遺族に支払われる「犯罪被害者等給付金」の問題だ。

 先の遺族コメントは一般社団法人「犯罪被害補償を求める会」(兵庫県神戸市)を通じて発表された。長年、この給付金の問題に取り組んできた団体だ。会長・藤本護(92)氏は、知人の男に妻を刺殺され、自身も重傷を負った過去がある。

「給付額は320万~2,960万円と幅広く、2021年度の平均は665万円でした。給付額に幅があるのは、被害者の年齢や収入、扶養家族がいるかどうかなどによって算定が変わってくるからです。私たちは、無保険車がひき逃げなどの交通事故を起こした際に適用される自賠責(自動車損害賠償責任保険)と同様・同程度の補償を求めています」

 交通事故に遭った場合に被害者に適用される自賠責はすべての自動車オーナーが加入せねばならない強制保険で、2018年の給付平均額は2,400万円だった。金額を犯罪被害者等給付金と比べると、そこには大きな差がある。

「しかも交通事故の場合、加害者の車の自賠責保険が万が一切れていたとしても、国が同様の金額を給付する制度まであります。犯罪被害者にも同じように、国がいったん立替え払いをして後から加害者へ求償するなどの制度をつくるべきです」

 ここで北新地のケースを俎上にのせると、その残酷さが浮かび上がる。まず、加害者が死亡しており損害賠償請求はできない。そして、被害者がみな「復職のために」クリニックに通っていたという事情から、即「無職」という算定になってしまう。

 先の被害者女性が言う。

「犯罪被害者等給付金の算定基準の問題は、悲しみに打ちひしがれる遺族、家族に容赦なく追い打ちをかけます。この社会で生きていくためにはお金の問題は避けては通れません。でも、加害者が死亡していると、私たちには損害賠償を請求するあてもない。給付金の申請のことを警察の窓口に電話で尋ねると、事件当時の収入で給付金の算定額が変わることを聞かされました。当時病気で仕事を離れていた夫に対する給付金が『無職』による算定になることを知ったときは、本当にショックでした」

 そして、こう続ける。

「夫も、あのとき一緒にリワークプログラムに参加していた人たちも、みんな病に倒れての解雇や退職を乗り越えて復職することを目標に頑張っていたのです。それを支えていた遺族にとっては、夫の命の価値を被害に遭ったその瞬間の『収入』で計られた末に、あなたの家族の命の価値は軽いのだと言われたように思いました」

 たとえ加害者が生きており、裁判で損害賠償が認められたとしても、加害者が賠償命令に応じなかったり、支払い能力がなかったりすれば、被害者には一銭も入ってはこない。

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