サグラダ・ファミリアは2030年ごろに完成? 「未完の建築」というロマンが消えた後にどうなるのか(古市憲寿)

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 14年ぶりにスペインのバルセロナへ行ってきた。一番の観光名所といえば、やはりサグラダ・ファミリアだろう。未完の建築として有名で、1882年に着工してから、実に140年も工事が続く。確かに14年前の写真と比較しても、塔が増えているのがわかる。

 20世紀後半の試算では完成まで200年とも300年ともいわれていた。だが観光客の増加により建設資金が潤沢になった上に、3Dプリンターなど最新技術を導入したことにより、工期は大幅に短縮される見通しだ。恐らく2030年前後には完成するだろう。

 だが完成するサグラダ・ファミリアが、本当にガウディが構想したものと同じなのかは議論がある。1926年にガウディが死去した時、大聖堂は2割程度しかできていなかった。弟子が工事を受け継ぐが、スペイン内戦によってほとんどの設計図が焼失してしまう。しばらくは建築もストップしていた。設計図がない以上、建築をやめるべきだという提案もなされた。

 結果から考えれば、ガウディの執念が勝ったといえるだろうか。晩年のガウディは、サグラダ・ファミリアの設計に没頭していた。すぐ隣に住み込み、身なりも気にしなかった。1926年に路面電車にひかれるのだが、あまりにも貧相な見た目だったため、重傷を負ったにもかかわらず、地面に寝かされたままだったという。事故から3日後、貧困者向けの病院のみすぼらしい部屋で息を引き取った(オーローラ・クイート他『ガウディ完全ガイド』)。

 さて、完成した時、サグラダ・ファミリアの価値はどうなるのだろうか。直後は世界中から観光客が殺到してバブルが起こるだろう。

 だがその後は? 教会内部に入ってまず感じるのはその「新しさ」だ。建築中なのだから新しくて当たり前なのだが、ありがたみは古い寺院に負ける。石造りの部分と、20世紀後半に作られた人工石とコンクリートの部分では、明らかに質感が違う。素人目で見ても安っぽい。

 異様な手間暇と歳月のかかった建築物であることに違いはないのだが、「未完の建築」というロマンが消えた時、同じように人々はサグラダ・ファミリアに魅了され続けるだろうか。

 それは世界の平和がどれくらい続くかにかかっている。ほとんどの現代人は世界大戦を経験していない。特に先進国に生きる人々は平和が当たり前だと信じている。自分の住む街に空襲があったり、ミサイルが投下されることを、現実的な危機だとは考えていない。

 だが古い建築物が貴重なのは、戦火によって、それがたやすく焼失してしまうからだ。自然災害によって失われる場合もある。一定の技術レベルや資金が維持されないと修復もままならない。ギリシャのパルテノン神殿の修復はいつまで経っても終わりそうにない。

 未完のサグラダ・ファミリアを見られるのは今だけだが、完成したサグラダ・ファミリアもまた永遠に存在するわけではないのだ。その姿はどれほど保つだろう。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2022年12月8日号掲載

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