日本の半導体産業を復活させるには何が必要か――太田泰彦(日本経済新聞編集委員)【佐藤優の頂上対決】

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半導体と中国人

佐藤 米中のデカップリングで、いまこうした半導体のサプライチェーンが再編されつつあります。

太田 アメリカは、まずトランプ前大統領がファーウェイに制裁を科しました。それをバイデン政権も引き継いでいる。

佐藤 米中間はもちろん、台湾と中国のサプライチェーンも切断しました。

太田 ただすべてではないんですよ。ワシントンでは政府・議会・軍で形成される国防コミュニティーと企業が、常にせめぎ合っています。彼らは、この技術はダメだけども、ここまでは輸出できるとはっきり線を引く。その線は動くこともありますが、決められた範囲内ならほぼ自由に輸出できる。

佐藤 ビジネスを続けている。

太田 先端技術でデカップリングが進んでも、完全に分離するのは難しいでしょう。価値観としてのグローバリズムは終わりましたが、現象としてのグローバリゼーションは止まらない。その中で、多くの日本企業はアメリカが引いた線の一歩も二歩も手前の製品まで輸出しないようにしました。米中対立の実像がよくわかっていないんですよ。

佐藤 忖度ですね。何か言われると嫌だから、自主規制してしまった。それに官僚たちは本性として規制が大好きですから。

太田 安倍政権時代の日韓のけんかでは、日本政府が徴用工問題で韓国の文在寅政権に対抗する形で、韓国への化学素材の輸出管理を厳格化する措置を取りました。半導体のエッチングガスやシリコンの洗浄剤に使われるフッ化水素、有機ELの材料であるフッ化ポリイミド、半導体の基板に塗る感光剤のフォトレジストの3品目です。これによって韓国は悲鳴を上げましたが、同時に輸出を止められた日本の会社も激怒した。

佐藤 国から商売相手を切られたわけですからね。

太田 この時に、政府は輸出規制が強い武器であると確信したのだと思います。そして企業側はサプライチェーンが国家によって簡単に断ち切られるリスクを考慮しなければならなくなった。

佐藤 この対談にご登場いただいたパソコンメーカー・VAIOの山野正樹社長は、1~2ドルの安い半導体が中国から入ってこなくて困った、とお話しされていました。だからデカップリングでも、最先端で高価なものだけが重要なのではない。

太田 そこが大事なところで、どうしても最先端の技術競争に目が行きますが、1ドルのチップだって、欠けたら製品は完成しません。

佐藤 ご著作の中でバイデン大統領の言葉が紹介されていましたね。「釘が1本足りないため、馬の蹄鉄が駄目になった」と。

太田 あれはマザーグースからの引用で、その後は馬が走れず、騎士が乗れず、戦ができないので王国は滅びたと続きます。釘は最先端の部品とは限らない。そうしたチョークポイント(物事の進行を左右する部分)をどれだけ握れるかが、これから国家にとっての眼目になると思います。

佐藤 それをきちんと把握しなければならない。

太田 実はいま中国が10ナノにも届かない一般的な半導体に莫大な設備投資をしています。数年後には間違いなく過剰供給になる。鉄鋼がそうだったように、中国の過剰供給で値段がグンと下がりますから、日本の半導体産業が一気に掃討される可能性だってあります。最先端の領域だけでなく、ボリュームゾーンにも目を配っていかねばなりません。

佐藤 デカップリングでないところでも、危機が生じるのですね。

太田 私は産業を三つの階層から見るべきだと考えています。国家と企業と個人です。国家には安全保障の責務があり、各国の政府は国を守るためにゲームを繰り広げる。一方、企業は利潤を追求して、国境を越えてビジネスを展開します。そして個人は、国家や企業の価値観は関係なく、自分の人生を一番大切にする。

佐藤 それはそうです。

太田 日米半導体摩擦後に、日本のエリート技術者たちが数多く中国や韓国の企業にリクルートされ、技術流出が問題になりましたね。給料を2倍、3倍出すと言われて海を渡った人も多い。でも彼らを「国賊」とか「裏切り者」と言うのは間違っています。2倍3倍の給料が払えなかった企業の経営と、企業が稼げる仕組みを作れなかった政策が悪いのであって、彼らではない。

佐藤 その人たちにそれだけのマーケットバリューがあったということですからね。ただ一方で、イスラエルでは、シリコンバレーに行けば10倍の年収になる人も、国にとどまります。ユダヤ人国家を存続させるには、能力がある者は自国にいるべきだと考えているからです。それはロシアのシリコンバレーといわれるゼレノグラードでも同じです。

太田 なるほど。そうした国では、国家と企業、個人の距離感が違うのでしょうね。

佐藤 国家と個人が非常に近い。その点でイスラエルとロシアは似ていて、共通の感覚があります。だから、イスラエルはアメリカの最重要同盟国なのに、ロシアに経済制裁を行っていません。

太田 かつて日本人も、国や企業との距離が近かったですね。私は1990年代にアメリカに留学しましたが、駐在員や留学生たちはいつも「私の会社では」とか「私の国では」という話し方をしていました。

佐藤 その逆が中国人ですね。

太田 彼らは自分の幸せ、家族の存続を第一に考えますね。また現実主義者で、どこにでも移っていきます。

佐藤 国籍を変えることに抵抗がない。どこの国民になっても自分たちの宗族でまとまりますし、中国人の意識を持ち続けている。

太田 半導体を取材して感じたのは、その中国人、華人たちの活躍ぶりです。シリコンバレーのデジタル企業には、トップ層でマネジメントを担っている華人が多いんです。TSMCの張忠謀もマサチューセッツ工科大学を出て、アメリカの半導体企業テキサスインスツルメンツの幹部でした。彼らはあらゆるところにいる。華人の視点から見ていかないと、半導体はわからないと思うに至りました。ですから次は華人についてもっと研究したいと思っているんです。

佐藤 それは重要な視点です。国家ではないのに、国家のような様相を呈す集団ですね。ユダヤ人に近いかもしれない。

太田 そうですね。ただ彼らの取材は難しいんです。なかなかそのコミュニティーに入っていけませんから。

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